ほぼ足りてまだ欲 その先

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居候 書生

 昔の話を聞いていると書生というのが大金持ちのいわゆる篤志家といわれる人たちの家には平気でいたような事があったらしい。もうずいぶん昔に死んだ私の義理の兄貴に当たる人が、かつてはある政治家の家に書生として暮らしていたんだと聞いたことがある。彼の場合はオヤジがやっぱり政治に関係した昔タイプの人で、そうやって息子を中央の政治家のところに修行に出したというようなことなんではないだろうか。
 古い映画なんかを見ていると事業で成功した人の家かなんかに、簡単な仕事をしながら勉強をしていると覚しき人が出てきたりする。勉強はできるんだけれど、実家にそれを支援するだけの金がない青年を自分の出身地から受け入れて勉強させた、という話は良く聴く。古い小説なんか読んでいると「小倉のよれた袴をはいて出てきた書生と覚しき青年」なんて表現があったりする。
 かたや居候となると随分雰囲気は違う。こっちはどちらかというとポジティブじゃない。前途が洋々としていない。食いつぶしてしまった感が無性に漂う。くすぶっていそうだ。圓生の落語の枕なんぞを聴いていると昔はそんな人はその辺に良くいたという。「いそちゃん」なんて周りから呼ばれていたから子供たちも平気で「いそちゃん」と呼んでたなんていっている。
 私がガキの頃にそんな人はまだいたんだろうか?なんだかわからないけれど、商売屋で手伝っているみたいなお兄さんがいたりしたけれど、あれが本当の店員だったのか、それとも「いそちゃん」みたいな人だったのか、判然としない。商売屋には住み込みの店員というのが当たり前だったからかもしれない。しかも戦後のことだから狭い店の奥と二階なんかにその家の家族全員と店員がいっぺんに暮らしていたんだから、今からじゃとても考えられない。
 私なんて恵まれている方で、引っ越した先の家では押し入れを改造した蚕棚のベッドだった。今から考えたらまるで青春ものの一場面みたいだけれど、あれだけのスペースを子どもひとりで占有できたなんて考えられないくらいの贅沢だ。
 だからひとりくらいの穀潰しが混ざったって大した影響はなかったということなんだろうか。面白い時代だった。なんだかわからないけれど、なにか考えさせる時代だ。