ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

郊外へ

 昨日の夜中に急に胃が痛くなって目が覚め、ややしばらく七転八倒。薬を飲んでややしばらくして収まるも、これは明らかに食べ過ぎなり。朝飯は少し我慢をして少なめにする。昼飯も美味しいチキンを泣く泣く七分目くらいで我慢する。夕飯も野菜のスープが美味しく、ナマズのソテーはともかく、付け合わせのジャガイモも、ブロッコリーも上出来にもかかわらず、半分くらいに我慢しておく。われながら情けのない状況なり。
 バスで郊外へ。プラハの街から東に進み、クトナ・ホラに行く。聖バルバラ大聖堂はそれは素晴らしい教会建築である。両側に飛び梁がしっかり張っていて、その外観が見る人にも安定感を与える。ステンドグラスは20世紀に入ってからのもので、ムシャを思い起こさせるアール・ヌーボーそのものである。
 昼飯のあとコノビシュチ城を見にまたバスを走らせる。昼飯のあとだから、ぱたっといぎたなく居眠りをする。このバスの揺れがたまらない。
 かつてのハプスブルグ家のフランツ・ヨーゼフの王位後継者となるも、1914年にサラエボで暗殺されて第一次世界大戦のきっかけとなったフランツ・フェルディナンドFranz Ferdinand)の居城となっていたことがある城で、第二次世界大戦中はナチのSSが駐屯していたそうだ。
 フェルディナンドはフランツ・ヨーゼフの息子であるルドルフが心中事件を起こして死んでしまったものだから王位継承者となる。しかし、彼の意中の女性は女官でチェコ人であったものだから結婚に反対されていたけれど、最後は結婚相手もその間の子どもも王位継承者とならないということを条件にフランツ・ヨーゼフを納得させたそうだ。
 彼は無類の狩り好きで、この城の中には彼が射止めた獣の剥製、もしくは鹿の角のたぐいが800ほど展示されており、生涯でなんと22万頭を仕留めたのだという。ちょっと異常だ。
 第二次大戦後、城は国のものとなり、今は官庁が管理しているのだそうだ。