ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

松岡利勝 

 いつまでも居直って「なにかのひとつ覚え」のように同じことを繰り返すのみで自分のついた「嘘」をそのままごり押しするのがこの政府のあり方なのだとすると、やはりこの政府が提示してくるものはどれもこれもこうした倫理観の上に成り立っていると云うことを日本国内のみならず、全世界に言い伝えていると云うことになる。その意味では戦後日本そのものの象徴的存在であることをやはり噛みしめることになる。歴代の大統領がその任期を終えるとことごとく罪に服するという国家も存在する。そうした国家に対して私たちは、そうした倫理観の元にある国家なんだな、と認識していく。私たちの国を見る人たちも、こうした様々なこの政府の倫理観を見てそうした国家であるんだなと認識していくわけだ。いくらあらゆる手段を弄してその場を乗り越えることができたとしても、それがどこまでこの国の価値観を高めることにつながるのかといえば、大きく後ろ向きに作用していることは揺るぎない。つまり、彼の立場を党利党略のみに立って後ろから支える内閣は、そのまま私たちの国の足を引っ張っている、ということである。「美しい」という概念からは遥かにかけ離れている。貶めることが「美しい」ことに寄与するというとでも云うのだろうか。

堀越高等学校と学校法人堀越学園

 全く違うのだった。そうだったのかぁ。創造学園大附属高校というのはついこの前まで塚原青雲高等学校という名前でその前は塚原高等学校、創設時(昭和20年)は白菊高等洋裁学校だ。ここも元はといえば戦後の洋裁学校だ。あの当時は本当にたくさんの洋裁学校ができたんだよなぁ。なんで私が戦後は洋裁学校が、と何回も書くのかというと、当時横浜駅の西口には富士銀行と岩崎学園洋裁学校という建物しか見えなかった記憶があるからなのだろう。こちらのサイトを見せて頂くと、まさにそれを証明して下さる。余りよく見えないのだけれども、まさに私が小学校にはいるか入らないかの頃の写真が軒並み出てくる。名品街の写真の「スズキカメラ」は元々東横線の反町(今でもある)にお店があり、そこの息子は小学校で学年が一緒だったはずだ。あの洋裁学校は1927年に横浜洋裁専門女学院として創設されたとしてあるが、いまや横浜fカレッジなんて名前になっているし、情報セキュリティ大学院大学なんてのまで経営しているってんだから驚く。ま、白菊は要するに堀越学園っていう学校法人というグループを率いる「小池大哲」って人間に買い取られてしまったと云うことなんだろうな。と、ここまで想像していたらウィッキペディアを見てびっくり!「一時は音楽科を持ち、恵まれた環境で専門家育成に取り組むなどし全盛期には1500人の生徒を抱えるマンモス校だったが、2004年には全校生徒50人に減少。2005年、学校法人創造学園に経営譲渡。2007年4月から通信制課程を新設予定。」「平成16年夏に再び甲子園出場を果たす。この時は部員45人と前回より3倍近くに増えたが、全校生徒は50人、そのうち野球部員が45人という状態であった」 一体全体、何があったというのだろう。いろいろありそうなり・・。

短大は結構健闘しているのだろうか。

 ひと頃短大の役割は既に修了したと議論された時期があり、その時に女子短大再編が議論されていたのを想い出す。
 例えば学習院の女子短大、通称「学短」と云っていたが1998年に学習院女子大学へ転換されて消えた。学校法人学習院に属する学校と云うことで学習院大学と並列する女子大学となった。四年制になったわけだ。
 青山女子短期大学は通称「青短」と呼ばれ、その運営主体は学校法人青山学院であるから青山学院大学と全く同じ立場でそのまま存在する。
 立教女学院短期大学立教女学院中・高校とともに学校法人立教女学院が運営主体で、立教大学を運営している学校法人立教学院とは別法人になっている。勿論立教女学院高校から立教大学へは推薦入学があり、短大から立教大学への三年編入もそれぞれの学部に推薦枠がある。
 元々女子短大として存在していた学校はかなり健闘して残っているといえるのだろうか。女子大も共学へ移行する傾向があったけれども、短大も共学になったところもある。しかし、不思議なことに女子学生に制限しているのかどうかについて明白に書かれていない学校があるのはどうしてなんだろうか。勿論学校名の中に「女子」と入っていれば当然女子のみを対象にしていることがわかる。問題なのはそれが書かれていない学校である。尤も受験しようかという学生はその辺を知っているという前提に立っていると云うことなんだろうか。
 例えば、(全くなんの意図もないが)嘉悦大学という学校がある。かつて嘉悦女子短大があった。2001年に嘉悦大学経営経済学部を開き、嘉悦女子短期大学を嘉悦大学短期大学部に改称した、とサイトに書かれている。しかし、見ただけでは共学なのか女子大なのか、判別できない。元はといえば目白学園女子短期大学であった目白大学短期大学部もそこは判別できない。
 それにひきかえ、かつて文京学園から始まった文京女子学院大学は2002年に文京学院大学と名称を変更し、2005年には大学を共学とし、翌2006年から短大も共学とした。そしてこれはサイトにわかりやすく書かれている。
 帝京短大も2006年から共学となり、サイトのトップに「男女共学はじまる!」と書かれている。
 こんなことで迷っている奴なんていないんだろうな。

西山事件

 1972年の外務省機密漏えい事件で、国家公務員法違反で有罪になった元毎日新聞西山太吉さん(75)が肝心の日米密約が本当に存在したと判明したことから国に謝罪と3300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が東京地裁であり、加藤謙一裁判長は国の主張を全面的に認め「仮に起訴などが不法行為だったとしても、賠償請求権は除斥期間(権利の法廷存続期間、20年)の経過で消滅している。その後の国務大臣らによる『密約はない』との発言は行政活動に関するもので個人の社会的評価を低下させていない」と判断した。起訴や判決の当否にも言及しなかった。(東奥日報20070327-共同)

 なんだか三井環氏に対する検察の圧力と同じような不気味なものを感じる。こうなると司法といえども決して一人の市民の側に立つこともなかなか期待できないと云うことなのか。

広汎性発達障害

 町田の女子高生殺人事件の犯人に対する検察側求刑は懲役15年で弁護側が主張する広汎性発達障害に対し、検察側は「通常の社会生活を営んでおり、動機や犯行方法も合理的」と反論、完全責任能力があるとしたものである(中日新聞20070327)。東京地裁八王子支部はどの様な判決を下すのだろうか。被害者家族からしたらこの求刑でも許し難いほどの気持ちになっていることだろう。今この目の前に連れてかえってきてくれと云いたいだろう。逆に本当にこの犯人が広汎性の発達障害を持つのだとするならば、15年の懲役刑を科すことによって社会に何をどう意味づけることになるのだろうか。
 中国新聞は「無期懲役を相当とした上で、18歳未満の少年の刑を軽くできるよう定めた少年法に基づき有期刑を求刑した」と記している。

かわいそぉ〜

 桑田が最後の最後に来て大けが。可哀想だなぁ。あのまんまで残れるかどうか非常に微妙なところだったけれど、いずれにしてもあの憧れのアメリカでプレイをさせてやりたかったなぁ。多分審判も球を追いながら三塁のジャッジのために走っていたんだろう。考えてみれば容易に起こりうる場面なのであるなぁ。