ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

裁判

 川俣町山木屋の渡辺はま子さんが原発事故後に自殺したことに、東京電力の責任があるかを争う訴訟の判決があって、訴えの約9100万円の賠償請求に対する判決があって、福島地裁は先月の26日に東電に計約4900万円の支払いを命じた。東電も原告側も控訴しないということを決定したので、これで決着した。
 この裁判の過程で去年の2月26日の第3回の口頭弁論で東電は「個体側の脆弱性も影響していると考えられるから、考慮した上で相当因果関係の有無を判断すべき」だと主張したと伝えられている。このものの言い方が人をものとして扱う姿勢だという指摘を受けている。それは用語の問題であって、確かに冷徹なイメージを与えるけれど、生物学的に語られる時にはこういう使い方をされることは認識しておかなければいけない話だろう。
 許されるべきではないのは東電のあの慇懃無礼さである。言葉の上では「心よりご冥福をお祈りする」といっていながら、あれだけたくさんの人が同じ状況になっていながらそこへ踏み切らなかったのは個人の差があるんだし、前から薬なんか飲んでたんじゃないのぉ!?といいながら、何が「心より」なのかという怒りがこみ上げる。
 それだけたくさんの人に同じような苦しみを与えているという認識がここに成立しているという点でも、この裁判には大きな意味があったというべきか。
 これでも、東京オリンピックは大丈夫なのか、これでも原発を動かしていくのか。