ほぼ足りてまだ欲 その先

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戦犯の声

高知新聞(2013年8月13日朝刊)に興味深い記事が掲載されていた。

  • 日本陸軍荒木貞夫大将ら4人のA級戦犯(いずれも故人)が自らの戦争責任などについて語ったラジオ番組の音源が、このほど見つかった。
  • 番組は「マイクの広場 A級戦犯」で、約30分間。関東地方をエリアとするラジオ局・文化放送(東京)が1955年に録音し、1956年4月に放送した。
  • 荒木氏のほか、橋本欣五郎氏(元陸軍大佐)、賀屋興宣氏(開戦時の大蔵大臣)、鈴木貞一氏(元陸軍中将)の4人(いずれも判決は終身刑、それぞれ1955年6~9月に仮釈放)
  • 橋本氏は、日本の敗戦を国民に謝罪すると述べる一方、「外国に向かって相済まないとは、一つも思っておらない」と語っている
  • 賀屋氏は「敗戦はわれわれの責任じゃない。けしからんと言って、(A級戦犯に向かって)憤慨するのは少し筋違いじゃないか」と発言。鈴木氏は「世論が(戦争反対の方向に)はっきりしていないから(戦争は)起こっている」とし、当時の日本の指導者層に責任はなかった、と話している。
  • 「マイクの広場 A級戦犯」のプロデューサー、水野繁さんによると、取材は1953年7月に始まった。「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」の衆院可決に合わせての企画だった。
  • A級戦犯19人(逮捕後の不起訴を含む)をリストアップ。その全員に取材を申し込んだ。その結果、15人が内閣情報調査室を通して断ったり、病気を理由に親族が断ったりした。取材に応じたのは、荒木貞夫氏ら4人。放送された番組は約30分間だが、収録は1人2~3時間に及んだ。
  • 【病気を理由に親族が断った】岡敬純、畑俊六、嶋田繁太郎大島浩佐藤賢了星野直樹
  • 内閣情報調査室が断った】平沼騏一郎、南次郎、岸信介木戸幸一児玉誉士夫正力松太郎鮎川義介、真崎甚三郎、天羽英二

 すべての取材音源が残っていたのであればかなり興味深い。1952年のサンフランシスコ講和条約以降様々なことがひっくり返されようとしてきた。