うちの近所の小学校は今年が創立100周年なんだそうです。そしてやっぱりここにも幼稚園があって、ここは創立65年だってんですね。ま、つまり戦後にたくさん小学校に併設された幼稚園のひとつだってことです。うちのつれあいは1km程離れた小学校の学区で育って、その小学校に併設された幼稚園に入ろうとしたのだけれど、定員を超える園児がいたので、毎週、木曜日だけに通うことが許されたのだそう。子どもの頃のことをほとんど覚えていない割に、良くこのことだけを覚えているものだと、驚いたけれどね。その状態で小学校に入学して、一学期に引っ越したといっている。つまり、彼女はほとんど幼稚園に通っていなかったということだね。
そこへ行くと私なんぞは、できたばかりの幼稚園に入園したものだから、まだ園児は10名もいなかったように記憶している。ということは途中入園だったのかも知れない。
勿論私たちは戦後のどさくさに生まれてきたベビー・ブームッ子だから(当時は団塊だなんて、まるで暴力団のようにいわれることはなかったのだよ)、いつ、どんなところでどんなことがあろうと、人数の多さが問題になるという厄介者たちだったから、幼稚園も大変だったんだろう。
うちの近辺では私たちの幼稚園は全くの新興勢力で、小学校に入ってみると、小学校のそばにあったキリスト教系の幼稚園から来た連中が主流勢力となっておった。
今から考えると、私は常に主流ではなくて、第二勢力というか、メインの場所にいたことがない。その後の中学卒業までは転校族だったので、常にメインストリームにはいなかった。高校もその地域を代表するような高校ではなかったし、大学に至っては全くのその他大勢だ。そんなわけだったから企業に入っても、「なんでいたんだろう」と思われる程度の存在だった。
この立場を謳歌していられるようになったのはあの幼稚園のおかげだった、と結論づけても良いのではないかと思わないでもない、今日この頃なんである。