ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

閉店

 浅草・新仲見世にある唯一の帽子店、トラヤ帽子店浅草店が明日で閉店するという噂を聞いて、ここのところ毎日前を窺いに行った。しかし、4日も5日も「臨時休業」と表示されていた。
 もともとこの店の定休日は木曜日で、昨年末に急に水・木と二連休になった。かつて浅草、特に新仲見世東武伊勢崎線の終点である浅草・松屋が定休日だった木曜日がお休みという店が多くて、この町の生まれでも育ちでもない私は「なんで木曜日?」と不思議だった。観音裏(近頃は奥浅草なんていい方をして、はっきりしない言い方が好きじゃないが)にある蕎麦の「弁天」もかつては木曜日が定休日だったけれど、今では水・木と休む。
 だから、トラヤ帽子店が週休二日になるのも宜(むべ)なるかなとは思ったけれど、食い物屋でもあるまいし、ましてや新仲見世の目抜なんだから、どういうわけだろうかと思っていた。もっとも新仲見世松屋仲見世の間に比べると、その先の人通りはずいぶん少なくなる。ローソンが店を閉めてからその後が埋まらないし、新しく建ったところには店が入らない。大規模なバッタ屋が撤退してからは空のまんまだ。

 しかし、まさか転がり落ちるかのように閉店につながるとは思いもよらなかった。店頭にお歳のご夫婦らしきお二人が店の旦那と話していた。「閉めるんですって?」とお声を掛けたら、そのお二人が、「ほうら、みんな心配してくるわ」と仰った。会話の邪魔をしてはいけないからと中にはいると、女性物の棚のほうがスカスカになっていて、すでに持ち出したんだなというのがわかる。男物の方はそんなに減っているようには見えないが、キャスケットの棚に、夏物まで並べてある。昨年の夏にはサイズがなくて、銀座の店まで探しに行った生成りキャスケットがあったので、最後に入手した。

 私がこの店の旦那だと思っていた人がいうには、「オーナーが閉めるというもんですからねぇ、どうぞ銀座をご愛用下さい」というので驚いた。彼は番頭さんだったのだ。私は銀座のトラヤが嫌で、浅草の店を愛用していた。もっとも何かというと割高なので、海外も含めて他所で安いものが見つかると入手してきた。なんで銀座の店が嫌なのかというと、客の足元を見る雰囲気が満ち満ちていたからなのだ。お客に対応していた男性が私が彼の手が空くのをじっと待っているのを知りながら、いかにも金持ちそうなおっさん客から離れようとしない、なんてのを何回か繰り返し、一切足を踏み入れないと決めたのだ。昨年の夏のキャスケットはそれくらい久しぶりだった。

 帽子を被る習慣はいつからなくなったんだろう。うちの親父が戦争後、多分昭和30年頃に箱根で撮った夏の写真を見ると、一緒に写っているM田さんのおじさんとともに、割と当時は普通だった山の高いパナマを被っている。パナマは今ではもちろんのこと、当時だって安くはなかったと思うのだけれど、ずいぶん多くの人が普通にかぶっていたようだ。友人から彼のお父さんの形見だといって、いくつものハットを貰い受けたことがある。彼のサイズが大きくて、かぶれないんだという。おかげで重宝した。戦前のフィルムを見ると、アメリカでも日本でも、英国でも、何故か帽子をかぶっていない人のほうが多かったような記憶がある。なぜ被らないんだろう。

 最近になって私はキャスケットという8枚接ぎの、昔丁稚が被っていたような帽子を愛用している。なにしろ髪の毛がなくなってから、帽子が必需品で、夏はパナマが一番なんだけれど、急な雨があると濡れるのがもったいなくて平然と歩けなくなってしまうので、どうしても薄いキャスケットに手が出る。冬は冬で、風が強いと、ハットは飛ぶような気がして、出掛けにキャスケットに手が伸びる。足元がどうしてもスニーカーになると、なかなかハットは被りにくいこともある。先日冬の帽子の仕舞い場所を久しぶりに開けると、ウールやフェルトの帽子が虫に食われて無残なことになっていた。古くなった帽子を諦める理由にはなったけれど。