ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

荒木一郎

 毎度お古いところで恐縮であるが、先日持ち帰りし「話の特集」1981年11月号にこれまたお古いところで荒木一郎が書いている。荒木一郎といえば、そのはじまりはNHKテレビ「バス通り裏」に出てきた洗濯屋のサブちゃんであるが、この時の共演者は十朱幸代、岩下志麻佐藤英夫(往年の「救心」の宣伝に出ておられました)の他にもたくさんおられるわけだけれども、なんでそんなところに起用されていたのかと云えば、十朱と同じように彼は親の七光りだったわけである。
 彼の母親は荒木道子。道子といえば加藤道子は絶妙の語り口で森繁久弥と良くNHKのラジオドラマの常連だった。今でも時々昔のドラマをラジオ深夜便で聴くことがある。荒木道子俳優座だったかの重鎮だったようで、良くいろいろな芝居やテレビドラマ、映画にも出演していたけれど、まだまだ幼かった私にはなんとも暗いおばさんであった。沢村貞子のようにがらっぱちではないけれど、久慈あさみみたいに色っぽくはないし、加藤治子のように愛らしくもない(加藤治子はちょっと若すぎるか?→加藤治子の方が5歳年下)。なんだかつまらないおばさんだった。
 1967年頃だったか、荒木一郎が「♪そらにぃ、ほしがぁ〜、あるぅよぉにぃ〜」とぼそぼそ愛想なく唄う歌がやけに良かった。私も確かギターをかき鳴らして一人前に唄った。格好良くない、ぼそぼそした男なのに、随分派手にやらかしていたらしい。結構顰蹙を買った事件を起こした。慢心していたと云えるんだろう。
 その荒木一郎が(ここまでが長すぎたなぁ)ここでアリスの「帰らざる日々」をパクって作ったのが「君に捧げるほろ苦いブルース」だというアリスファンの声に反論をしている。「帰らざる日々」のリリースは1976年4月25日となっているのに対し、彼が死んだ猫に捧げて作ったという「君に捧げるほろ苦いブルース」のリリースはLPが1975年9月1日で、シングル盤が同じく1975年12月1日であると書いている。この騒動は実際の話どう決着したのだろうか。
 私も随分似ているなぁと思った記憶はあって、紛らわしいもんだが、これは競作なんだろうかと思ったこともある。上り坂のアリスと下りきってしまった荒木一郎では勝負にならなかったのだろうか。しょうがないから「君に捧げるほろ苦いブルース」をiTunes Music Storeから購入に及んだのである。こんなことならやっぱりアルバムごと買えば良かったかも。
 買ったと云えば漣健児の訳詞による歌が入ったCDをAmazonで買う。ちょっと調べたら死んでからもう一年以上経つので、何枚も記念版が出ているらしい。今度、漣健児特集をやろうかと思案中である。