ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

一体なんなんだよ・・・・!?

 今日は暑かった。だからなのかわからないけれど、訳のわからない状況にも遭遇。

ブックセンター

 しばらくいっていなかったから「中公新書の森 2000点のヴィリジアン」はもうないかもしれないと思いながら八重洲のブックセンターの5階にあがるといやいや、あるじゃないですか。中公新書は2000点を超えたのだそうで、その記念に無料で配られているのだけれど、なにしろ奥付を見ると5月25日としてあって、ほかの方のブログで知るまでは全く気がついていなかった。
 全点のリストがついていて、1962年の5点の中に私が自分で手にした最初の中公新書「アーロン収容所」がある。
 「黒人大学留学記」青柳清孝(1964)は自分では持っていないけれど、どこかで手にした記憶があるが、中身に記憶がない(トホホである)。「人間ドック」日野原重明著(1965)なんてのがある。「太平洋戦争・上・下」児島㐮はいつどこで買ったのか知らないが、随分前から書棚にある。「八海裁判」正木ひろし著(1969)は家にはないが読んだ記憶がある。なぜか死んだオヤジがこの事件に大変興味を持っていたようで、彼の書棚にはこの事件に関した書籍がまだ数点残っていた。「松山収容所」才神時雄著(1969)は今でも書棚にある。「アメリカ夏象冬記」安岡章太郎著(1969)は安岡のほかの著書とともに一時期読んだ。「発想法」(1967)「続・発想法」(1970)川喜田二郎著は後になってその意味合いを知り、「野外科学の方法」(1973)ともにどこかで一挙に入手したんだったかと思う。
 三部作といえば野口悠紀雄の「超」文章法、「超」整理法、続「超」整理法・時間編であるがどうも私の役には立っていない。
 「東京裁判 上・下」児島㐮著(1971)は必ずなくてはならないものである。「・・・従って児島が書いている〜は間違いだということが分かる」なんてよく引用されるのである。ビニールのカバーがかかっていた頃ではなかったか。
 「ルワンダ中央銀行総裁日記」服部正哉(1972)は今からは想像ができないゆったりした時期の話で、こんな頃もあったんだと思って再読した方が良いかもしれない。
 「日の丸アワー」池田徳眞著(1979)は東京ローズを調べる上ではどうしても必要な著書である。わたしの彼女やその他の捕虜に対する興味はここから始まったといっても過言ではないだろう。
 一度それぞれの新書と私の関わりを総括してみたい。

全く見覚えがない

 で、銀座の6丁目に用事があって表通りをかっと照りつける夏の日差しの中新橋に向かって松屋側を歩いていくと、向こうから来たオヤジが「あぁ、久しぶりだねぇ〜!」というのである。「えっ!」と振り向くと全く、完璧に見覚えがない。「わかる?」というのである。「いや、全く覚えがない」というと「ナベさんとか、鈴木さんなんかと一緒にやってた時の電気屋だよ」という割には自分の名前をいわないのが不思議だ。
 私の仕事歴の中にはわずか一年ほどしかやらなかった仕事というのがあって、その仕事は配属の希望も出していなかったどころか、その社内における存在すら知らなかった部門に連れて行かれてしまって、自分には全く理解できない商品の営業をやらされた過去がある。一年後になって、いやだといって這々の体でまたもとに戻ったのだ。だからあまり良いこともなくて、記憶を残したくない部分ではある。しかも、営業と技術のそれぞれの拠点が随分と離れていたので、会議や技術的問題を論議するのでなくてはお互いの事務所にいかなかったくらいだから知らない、あるいはもう記憶に残っていない人間がいてもおかしくないのだ。
 よく俺のことが分かったなぁというと、「知り合いに似ている人がいたから当時からよく覚えているんだ」というのだけれど、私はよく見ないとわからないくらい、当時(つまり15-6年昔)とは変わっているからそう簡単にわかるとは思えない。
 しかも、こっちから営業の人間の話をしてみてもほとんど反応は鈍い。10年近く前にも、あれはこれよりももっと家に近いところだったけれど、やっぱりすれ違った男がこれとほぼ同じことをいって私を呼び止めたことがあった。私は「人違いじゃないか」といって行ってしまった。そのことを思い出してこれではまるでデ・ジャブである。
 そのうちに彼は今日は仕事じゃない日で、競馬で当てたから払い戻しをしてきたという。「知り合いに元JRAの美保にいたのがいて、彼から情報をもらうと一発なんだよ、その代わりに競輪の情報を俺は流すんだよ、これからその人に会うんだけれどね」なんてことを問わず語りにいいながら、ニンニク臭い息がわかるほどにどんどん私に近づいてくるのである。私は思わず財布の入ったポケットに手を突っ込む。「今日もさぁ払い戻しが、こんなだよ」といって左手に抱えていたポーチのチャックを開けて私に見せる。その中には10枚ずつに折った一万円札とおぼしき札が20-30は見えるが彼はそれを「400万円あるんだ」といった。
 そこでもう私は普通の話じゃないなぁと判断してその場から「それじゃね」といって去った。おいしい話じゃねぇか、俺にも一枚噛ませてくれよ、というべきだったのだろうか。全く私には見覚えがない。
 うちに帰って連れ合いに説明しても本気にしてもらえない。
 それにしてもいまどき一万円札を10枚ずつ挟んでわざわざ裸でポーチに入れて脇に抱えている奴っておかしいよね。