ほぼ足りてまだ欲 その先

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訃報

 川崎敬三原節子の訃報が相次いでもたらされたけれど、川崎敬三の場合は家族が年賀欠礼の葉書を出したことから発覚したんだという。誰にもいうな、葬式を出すなといっていたそうだ。そうはいっても残されたものには残されたものの生活があるから早晩知れる。近頃はこういう人は少なくない。
 昔は友人の親が死んだときには通夜くらいには顔を出して慰めるものだったけれど、今ではほとんどの友人が親が死んだくらいではなにも連絡をくれない。ご本人は(みんなに余計な心配をかけちゃいけないから)という気持ちだったのかも知れないけれど、中には「あぁ、あそこのお母さんには随分面倒をおかけしたから、最後のお別れはいいたかったなぁ」という人はいる。
 一昨日も大学時代の同級生から年賀欠礼の葉書が来た。彼のお母さんが亡くなったという内容だった。良く彼の家に泊まった。泊まりやすかったというか、そのお母さんが歓待してくれる人だったから、いきやすかった。そして決まって朝飯にキャベツ炒めを作って喰わせてくれた。ただキャベツとほんのちょっとのソーセイジだったかを炒めてウースターソースを絡めただけだ。今のようにコンビニがあるわけじゃないから、あのうちにはいつでもキャベツが用意されていたということだろうか。そしてうちのおふくろと同じようにいつも白い割烹着を着ていた。あのおばさんも夫の葬儀の時にはもう認知が始まっていて、私のことはわからなくなっていたけれど、それでもお別れはいいたかったなぁ。
 親友だと思っていた人がその両親が亡くなったとき、それぞれまったく教えてくれなくて、ずっと後になって実は、といわれたときには、あぁ、親しいといってもその程度の関係だとしか思っていなかったということなんだなと気持ちが冷めたこともある。要は人間関係というのはその程度のものだということだ。
 難しいものだ。
 それでもこれからはどんどん、「あの人、なくなったんだってよ、もう随分前に」という状況は増えそうな気がする。
 原節子に至っては亡くなっていたのは9月だというけれど、芸能界を引退してからまったく表に出ずに鎌倉に一人暮らしだったというのが謎めいていて、またひとしきりテレビの世界ではあぁだこうだというんだろうし、暫く小津安二郎映画が続くんだろう。