ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

朋あり

永年カリフォルニアに居住している友人夫婦が孫の七五三参りにやってきた。
コロナが顕著になってから、逢っていない。
最後にあったのは2019年6月に彼らの近くへでかけたので、逢って以来だった。
二組の夫婦で河っぷちのカフェの外のテーブルで、暖かい日差しを浴びて旧交を温めた。

 それにしても休日でもないのに、人出はあたかも週末のようにわんわんと出ていて「コロナどこ吹く風」である。これじゃ、どんどん第八波は広がるばかりだろう、っていいながら自分もそのうちの一人なんだからなんだよといわれても申し開きはできない。
 その点国会議員はいいよなぁ、居眠りしていただろう、といわれたら「私は目が細いからねぇ」なんていいやがった。秋葉賢也興大臣に至ってはぼそぼそおとぼけ続き。立憲の議員に選挙期間中に全くの別人が「あきばけんや」というたすきを掛けて手を降っていたやつがいたと、しかもそのタスキには「次男」と書いてあったと指摘され、父親頑張れという気持ちからそうしたらしい、という答弁。名前を「あきれ けんや」に変えたら良い。何をいわれても「確認できません」みたいな答弁ばかり。お恥ずかしうございます。

 赤木さんの奥さんのことを思うと、財務省の役人には呆れ返るばかりである。ひとりくらい、白状する役人はいないのか。

驚いた

 サッカーのW杯で日本がドイツに2-1で勝った。
これには相当に驚いた。前半見ていて、まるで大人と子どもの試合のようだと思っていた。
PKで点取られたときには、こりゃ何点取られるんだろうかと思った。
後半になったら全然シフトが変わった。押し込められてはいたけれど、ボールポゼッションの時間が俄然増えた。
堂安のゴールも、浅野のゴールも堂々たる得点だった。
こりゃ大変なことが起きるかもね。とにかくコスタ・リカに勝とう!

Costa Ricaはrich coastのことだと今知った。

1970年代中頃

 1970年代の中頃というと、私は工場に勤務して数年経っていた。若気の至りだけれど、数年現場を経験して、結構訳知り顔であちこち出張した。今から考えてみるとまだほんの駆け出しのくせに、結構わかっているような雰囲気で、かなり生意気だったんだろうと想像できる。
 当時扱っていた船は一年間の保証期間というものがあって、その間に出た不具合箇所は船が日本へ帰ってきた時に修理をする。部品も交換する。そのために船の寄港地へ出かけるわけだ。
 港とくれば当然のことかつては廓があった。そうした施設は1958年の法律で商売替えを余儀なくされて、ほとんどは木賃宿になった。私たちはそんな安宿を探してはそこを根城にして仕事をした。名古屋でも、佐世保でも、妙にひと部屋ごとに安っぽく凝った作りで、それだからこそより一層うらぶれ感が募る部屋に草臥れて帰ってきたものだった。あの頃にはまだまだ日本全国に、そうした建物が平然と残されていた。だからこそ、すぐ前までの日本というものが眼前とあったわけだけれど、今やそんなものが全く払拭されて、その頃の日本のことは口をつぐんで出さなければ、誰ももう振り返らない。だから余計に、若者たちは知らんふりをしている。たしかに彼らにはなんの関係もないかも知れないけれど、この国がどんな価値観を振り回してきたのかについては知っておくべきだし、知らないふりは許されないと思う。その中には諸外国に置いて私たちの国が何をしてきたのかも含まれる。旭日旗や、日の丸を振りかざして、何をしてきたのかも知らなくてはならないはずだ。

アニサキス


 私もアニサキスにやられたことがある。それほど昔のことではない。あれは痛い!原因は〆サバだったとしか考えられない。七転八倒した。ところがある瞬間に、ケロッと痛くなくなった。あまりの痛さにこらえていた時に出た涙が乾かないうちに、ケロッと痛くなくなった。それほどあっという間だった。あれは痛い!

地下通路

 日本橋の地下鉄の駅は多分駅員、工事担当者以外はその全貌をわかっている人は稀だろうというほど訳がわからない。例えば、都営浅草線の品川方面行きのホームから改札を出たところにあるエレベーターに乗って下ると、降りたところから通路をまっすぐ行くとそれはそのまま東西線の改札に入っていってしまう。あれ!どうしようと思うと、その手前にエレベーターがある。そこへ行くと、ここはB3だと書いてある。それに乗ると、一階上はもとのフロアだが、そのまた上、つまりB1に行くことができる。じゃ、最初から一階上に上がるエレベーターなり、エスカレーターはないのかというと、エスカレーターはあるんだけれど、それに乗ったんじゃ、そのフロアーに出ない。だからわからない。微妙に食い違っているのは、きっと地下の構造をあとからいじったからじゃないのか。あそこは慣れていない人にはわかりにくい。

 B1で件のエレベーターを降りると、歳の頃なら私よりもちょっとお若いかなと見える母親と、その娘と思える二人が「いや、こっちじゃないの?」といってウロウロしている。無視しちゃおうかなと思ったけれど、迷っているようだから、余計な声をかけた。「どうしたんですか?」するとその母親が笑い出した。どういうこと?ま、つまり自信を持っていたけれど、声をかけられちゃったじゃないかと苦笑いというか、田舎者に思われたかという残念笑いか。
 「羽田から京成に乗ってきて、ロッカーに荷物を入れたんだけれど、それが見当たらない」というのだ。なるほど、ワンフロアー違っているわけだ。私はまず「それは都営浅草線なわけですが、だったらそれはワンフロアー下ですよ」と教え、そのまま別れた。後で思ったんだけれど、ワンフロアーを下がる方法を彼らは見つけただろうか。

 今まで逡巡してきた弁松の弁当をとうとう決断して買ってきた。旨かった。

 蔵前の、先日見つけた古本屋が開いていない。

 メキシコで行われたSan Francisco 49ers 対 Arizona Cardinalsの試合は49ersが勝った。

 サッカーのW杯はサウジアラビアがなんとアルゼンチンに勝ったそうだ。メッシはまたこの大会を勝つことはできないのか。

 白人のグループが目立つようになってきた。彼らはマスクをしていない。

 電車の中で珍しく化粧をしている女を見た。近頃では珍しい。その上、この女は平気で電話をした。こんなノーテンキ女も久しく見なかった。

睡眠二回制

ちょろっと雨が降ったのに、昼からどんどん晴れた

 別に意図してそうしているわけではないけれど、食事を一日二回、12時間おきにしたら、睡眠もほぼ二回に分かれるようになっている。明け方の4時頃に就寝してから5時間位の睡眠を取り、夕方4時位から2-3時間の睡眠を取るようになった。これは自然にそのまま眠くなったら寝る、としていてこうなったわけで、全然規則正しい生活をする気がない。どうもあちこちで読んでいると規則正しい生活をしないと、アルツハイマーになるぞと書いてあるけれど、これから先、そんな事態に陥るのかも知れない。

 今朝は午前3時からいくつかのNFLの試合が始まってしまったので、それを点検していたのだけれど、やっぱり4時頃になって眠くなった。朝9時半に目が覚めて慌ててその後のNFLの試合を見始めたけれど、KC Chiefs対Los Angeles Chargersの試合が前半を終わった時点で機嫌よく散歩に出た。帰ってきて、試合の結果を見たら、27-24でChargersがリードしていたのに、最後の最後にまたMahomesにパスを決められて逆転で負けた。あいつはしたたかで本当に可愛げがない。

 散歩で日本橋まで出たから、弁松でも買おうかなぁと思っていたのに、とうとうケチの根性が出て、いやいやスーパーの弁当で良い、と決断。498円の鮭弁当にやっぱり落ち着いた。卵焼きに惹かれて買ったのに、この卵焼きがうまくなかった。しょうがない。