ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

近衛

 TBSテレビの長時間番組『シリーズ激動の昭和 あの戦争は何だったのか 日米開戦と東条英機』はその後随分いろいろなところで話題になっていた。
 あの番組の中で近衛文麿の次男、近衛通隆が登場して証言をしていたが、彼は1922年の生まれだそうだから(ウィッキぺディア)86歳ということになる。確かNHKが制作した「真珠湾への道」で見たのかも知れないが、近衛文麿の長男、文隆は当時もよく知られた存在だったようで、プリンストン大学に留学をし、日本人としては当時珍しいゴルフで活躍をしたそうだ。しかし、どうやら卒業せずに中退して帰国。最後は1945年8月18日に朝鮮国境近くの満州ソ連の手に捉えられ、解放されぬまま1956年6月14日にラーゲリで死んでいる。劇団四季の「異国の丘」は彼をモデルにした脚本なんだと云うが、彼については様々に書かれているようでそのうち史実からどんどん外れていくんだろうなぁと思わせる。なにしろ劇団四季といえば浅利慶太だから。ラーゲリは「抑留記-未決拘留十一年」を書いた八木春雄が一時収容されていた施設でもある。