ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

松尾金藏

 「決断は七分の利、三分の運」という言葉を残した人だとウィッキペディアに書いてある。「七分の理」と書いている人もいる。これは違いが大きい。私にはこっちの方が良く分かる。
 2002年3月19日に90歳で他界しておられる。亡くなったことを全く知らなかった。死んだうちの親父とほぼ同年齢である。私がお逢いしたことがあるのは25年ほど前のことだから70歳を超えておられたのだろう。飄々としていて、また日本酒をこよなく愛しておられた、大変に気さくな方だった。
 通産官僚時代に同期入省で、後に丸紅にいった松尾泰一郎とはつーかーの仲で、70歳を超えたお二人が「金ちゃん」「泰ちゃん」と呼び合っているのには笑った。その時にはなんだか幼なじみに戻ってしまうのかと思うようだった。
 若い頃、つまり戦前の話になるのだけれど、東京駅から帰りの汽車に乗ろうとしたら、酔っぱらっていて列車とホームの間にすぽんと落ちてしまったんだ、と私のような若造にも平気でお話しするような方だったから、周りの若い連中にも親しみを感じるものが随分いたらしい。
 自分が行く方向がどっちなのかを時として見失うことがあって(いわゆる方向音痴という奴だ)、それが考え事をしているうちにそうなってしまうのかどうか分からないけれど、気がつくとあらぬ方向に歩き出していて、あれ?となるらしい。
 出掛けた先では随分と写真を撮っておられたのを覚えているけれど、それが人を景色に入れて撮影するというわけではなくて、小さいカメラをさっと取り出して、周りの景色をパシャパシャ撮っておられた。その様子があまりにも簡単にされるので、興味があるんだか、そうでもないんだかよく分からない。その頃の私の写真はというと、必ずどこかに人が入っていなくては意味がないんだという、全く根拠のない理屈を持っていて、そんな風に写真を撮る人の気が知れないと思い込んでいた。ところが実家に行ってみると、あれよあれよとオヤジのそんな写真がべたべたと貼ったアルバムが増えていた。つまり当時の70代あたりの平均的姿なのかもしれないと思ったものだ。
 ところが(まだ私はその域には達していないけれど)最近の私の写真はといえば、ブログや旅行記に貼り付ける関係もあるからだけれど、殆ど大きく人が写っている写真を撮ることは殆どない。今やデジタルカメラだからアルバムが増えることはないけれど、アナログ時代だったら面倒だったことだろう。逆にいえば彼等がデジタルカメラを持っていたらどうしただろうか。もっと気楽にバシャバシャ撮っていたのではないだろうか。
 しかし、デジタルの世界はカメラのその先のコンピューターの世界に足を突っ込まないわけに行かないわけで、そこをクリアーに出来たかといえば、高齢者には難しい。いや、私がコンピューター世界に通じているというわけではないけれど、もし例えば私が今からコンピューターをいじりはじめるんだとしたらどうだろうか。「こんなものが分からないわけがない、この俺が」なんぞと思い始めるから多分始末に悪い、ということになるのだろう。おじいさんよりおばあさんの方がなんでも楽しみを見付けやすいのは女性はどちらかというと、良いものは良い、自分の感性に合うものはどんどんアクセスするという論理で動くけれど、男は悲しいかな、自分が初心者だという認識を迫られる場面に打たれ弱い。ましてコンピューターの世界は聴いたことのない単語の羅列でいつまで経っても自分が知らない言葉に満ちあふれている。その上、折角覚えたのに、バージョンが変わってもう出てくる画面が違っちゃっている。もうそこから、「は、はぁ〜ん!お前は分かってないなっ!?」といわれている様な気がする。大体家電量販店の店員が良くない。こっちは一体何を聴いて良いのか分からないものだから、「コンピューターを開けた時に出る画面がこんな具合のパソコンなんだけれど」なんて行っちゃう。すると店員が「OSがどうかしたんですか?」なんて切り替えされちゃって、もうこっちはおたおたする。
 Macをいじっている私の知人がApple Shopに行って一階にいる店員さんにちょっと相談したらとても丁寧に教えてくれたといって喜んでいた。(おおよその線は間違っていないけれど、微細なところで外れていたりするけれど)概ねあっているし、丁寧なところがよい。しかし、そこでも、丁寧に若い店員さんが「どういったことですか?」と訪ねると、もう今にもトサカから湯気をだしそうな、つっけんどんな対応をする中年を超えた爺なんてのが来たりするから、みんな弱っちゃう。「威張るな!オヤジ!」といいたくなる客もよく見る。またそれが私と同年齢くらいだったりする。多分だから家電量販店の店員が冷たくなるのかもしれない。
 そういう意味ではうちの死んだオヤジも、松尾さんもこの時代までいたら楽しくなったのか、戸惑い疎外感を感じたのか、分からないなぁと思わず想い出しながら考えた。そういえば松尾さんに「君は秘書には向いていないねぇ」といわれたことがあった。