ほぼ足りてまだ欲 その先

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27年

あれからもう27年にもなるんだ。
前年年末に義母が他界し、年明けに葬儀を終え、その日に従兄の訃報を受け、岡山の葬儀に駆けつけ、翌朝があの地震だった。だから、あの地震のあった日が巡ってくると、義母のこと、従兄のことを思い出す。

 義母は朝方胃が痛いといって電話があり、連れ合いがすぐ傍の実家へ行った。かかりつけ医に行ったら、すぐさま救急車が呼ばれ、隣の区の救急病院に運ばれてICUに入ってしまった。心筋梗塞だった。そのまま一週間後に他界した。しかし、死の数日前に家族がICUへ入れるということが知らされ、義弟夫婦と一緒に駆けつけた。なんで義父が一緒じゃなかったのか、記憶にない。本人はちゃんと意識もあり、私の顔を見ると「太ったんじゃないの?」といったくらいだった。しかし、それが私に対する最後の言葉だった。

 従兄は、私の母親のたった一人の妹の一人息子だった。つまり、母親の妹は、婿養子をとって家を継いだのだ。彼は地元の市役所に勤めていた。役所の新年会の帰りに、駅の階段で転んで悶絶し、そのまま亡くなった。彼もまた心筋梗塞だった。彼は私よりも4歳上で、大学浪人をしていた一年間、私の実家で私と4畳半を分け合って暮らした。私もその年、高校受験だった。彼は白雲がなびく大学に通っている間は一人暮らしをしていた。しかし、どこに暮らしていたのか、私は全く知らない。彼が大学に入ってから以降はなぜか往来がなかった。次に逢ったのはうちの親父の葬式に出てきてくれた時だった。それっきりだった。大人になってから、もっとちゃんと口を利いておけば良かった。あの地震以来、彼の実家、つまり私の死んだ母親の実家だが、彼の嫁さんが子ども二人と共に守ってきた。あれ以来、つまり27年間逢っていないが、毎年年賀状と夏の挨拶だけは欠かしていない。