ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

袢纏を着た二人が

f:id:nsw2072:20211008054754j:plain

吉村昭の「関東大震災」を読むと、かなり早い段階で、

二人の袢纏を着た男が自転車に乗って川崎警察署に来て、「今、鶴見の町に三百人ほどの朝鮮人が襲ってきた。町の青年団から頼まれて六郷方面に派遣中という軍隊に急報に来たのだが、警察にも知らせに来た。救援を望んでいるので、至急出動して下さい」と告げて去った。
この男の一人は、のちに神奈川県橘樹郡潮田町の潮田町造船所社宅に住む神野というものであることが判明し逮捕されたが、かれは事実らしい話を作り上げて警察に通報したのである。

 と出てくる。
関東大震災は1923年(大正12年)9月1日である。
この造船所というのはどこか。
1916年(大正5年)に浅野総一郎が現在の川崎市から横浜市鶴見区の沖合が埋め立てられた場所に、横浜造船所を創立し、すぐ浅野造船所と改名した。
1917年(大正6年)鋼材入手が困難になってきたので、浅野合資会社製鉄部を設立。翌年、浅野製鉄所と名前を変える。
1920年大正9年)浅野造船所と浅野製鉄所が合併。
1922年(大正11年)にはドライ・ドックを東神奈川先の埋め立て地に作ったが、翌年の大震災で石組みのドックは損傷を受けている。
だから、潮田町の造船所というのは、この浅野の造船所のことだ。
1936年(昭和11年)に鶴見製鉄造船と名前を変えたが、1945年には同じ浅野財閥系の日本鋼管と合併した。
今ではJFEエンジニアリングとなっているが、造船部門はユニバーサル造船となって、今ではジャパン マリンユナイテッドという会社になっている。かつての日立造船IHIそれぞれの造船部門と合併したもの。
もはや日本の造船業は風前の灯火といっても良いだろう。

ところで、日本鋼管の設立には、今をときめく渋沢栄一も一枚噛んでいる。今泉嘉一郎、大川平三郎、白石元治郎なんて名前が出てくるが、この人たちの子孫がそれぞれ、のちの日本鋼管にそのまま居たというのも不思議といえば不思議。浅野総一郎は「日本工業倶楽部に入れてくれ」といったが、渋沢栄一に「品がない」といって断られたという話がまことしやかに伝えられている。
ものの本によると、1934年(昭和9年)の日本製鉄結成に浅野系は加わらなかったので、高炉新設がなかなか許可されなかったという。そこから先、ずうっと戦後にいたっても新日鐵の後塵を拝し続け、最後には川崎製鉄に吸収合併されてJFEという何だかわからない会社になってしまう。

資本主義

f:id:nsw2072:20211007041225j:plain

資本主義は間違っているのか。
確かに間違っている。
なんでか。
資本の提供者の好き勝手にできてしまうから。

古い概念かも知れないけれど、資本の再生産が行われないと、資本家はやる気を失って、やめちまうから、それを継続させるために、好きなだけ取らせてやる、というそもそもの考え方自体が、もはや既に「泥棒感の競争は、泥棒の天才を生む」ってことなんだよね。

これをだね、資本家も、労働者も等分に取り分を分配したら、善者と善者の競争は天国を作るってんだね。
しかしながら、残念なことに、善者たる資本家なんてのが、存在しないんだね。

例えば!
竹中平蔵が音頭を取って、派遣社員を全国津々浦々まで成立させる世の中にしてしまったでしょ?
昔は特殊技能に限って、派遣を認める、口入れ屋を跋扈させたら、労働者が搾取されまくっちゃうからね、とわかっていたのに、竹中平蔵小泉純一郎が、ガンガン労働者からの搾取を大手を振って許してしまったわけよ。
資本家は喜んださぁ!ガンガン労働費を削減できたからね。
労働者の組織だという連合がどうしたか、どうしもしなかったんだよね。
有識者会議のメンバーなんかに取り入れられちゃって、満足しちゃってね。

もはやデジタルによる社会の把握が社会から全てのものを奪い去る状況となってきてしまっているんで、ちょっとやそっとの頃では、この収奪の仕組みが素人衆にはわからなくなってきちゃってるよね。
私も充分すぎるほどの素人だけれど。
そんな時代にとっくに首を突っ込んでいるというのに、わが国のデジタル社会における政治は、こんな連中が手を染めるってんだから、もう本当に絶望的だよなぁ。NTTと一緒になって飯食いながらどんな情報を手に入れてんだって話だよね。もう悲しくて、涙ちょちょ切れる。

それなのに、みんなまだ、自民党公明党の連立政権に、国民民主党やら、維新なんていい加減な連中を支持してんのさ。
なんでか。
これまでずっと政権についていたから。ただ、それだけだ。
ずっと取られ続けているっていうのにダ。
年金通知書きたよ。
また一割方減額されるんだってよ。
なんで?
そのうち0になっちまうぞ。

食事習慣

f:id:nsw2072:20211007003456j:plain

食事によって、生活習慣が変わってくるということを知った。
8月の終わりから朝ご飯を食べたら、次の食事を12時間後とした。
つまり、次の食事は午後になる。
大体は朝飯が午前5時頃で、二回目が午後3時頃だった。
すると、あっという間に3kg、体重が減った。
そのことを昨日医者で話すと、「でも相撲取りも一日二回食でガッツリ太るますよ」と言われた。
なるほど、だけれど、彼等は食べる量が違う。
私はご飯は普通の人の一膳分も食べない。

しかし、今日は午後1時頃に一回目の食事をとり、午後9時頃に二回目を食った。
するとすぐさま眠くなり、午後10時に寝て、午後11時半に目が覚めた。
これまでこんな時間に寝ることはなかった。
これがどう影響するのか、これからわかる。

医者に行く

f:id:nsw2072:20211005224329j:plain

一ヶ月ぶりに医者に行く。
なぜか。
コレステロールの薬が切れたからだ。
もっとも一ヶ月前に区の検診を受けたのでその結果を聞きに行くのだけれど。
とはいっても実質は血液検査くらい。
血糖値が上がってきている。
そうだろう。
うちのおふくろは自分でインシュリンを打っていたくらいなんだから、当然体質的にそうなるだろう。
もうひとつは、心電図。
ちょっと心臓のポンプが遅れるときがあると出ている。
信号の発信が遅れているのかどうかを見るために、来月にはホルター心電図検査をしようということになった。
今まで言われたことがないのは、病院にこの機械が無かったからかも知れない。
ここは機械が新しくなるとすぐに検査しよう、という。
そのうち無呼吸症候群も導入してやろうということになるんじゃないかな。
待合室で待っている間に眠くてしょうがない状況になっていたせいか、血圧を測ったら、110台-60台だった。
これは低すぎる。
一日二食にしたら減量した、といったら、ちょっとずつ多数回にした方が良いかも、といわれる。

タンパク質をとる方法を模索する。
肉を食う?魚か?

ま、一応

f:id:nsw2072:20211005024215j:plain

大谷翔平の2021シーズンが終わりましたね。
ホームラン46本、ヒット138本、打点100、盗塁26、打率 .257
9勝2敗、防御率3.18、156奪三振
立派なもんだ!
ま、できればベーブ・ルース以来の記録って奴とか、ホームラン王とかとって貰いたかったけれど、これならリーグMVPはいけるんじゃないでしょうか。
どうやって選ぶかというと、「記者30人がリーグの10名までに順位をつけ投票する。 1位の選手には14ポイントのMVPポイント(2位は9ポイント、以下1ポイントずつ減り10位が1ポイント)が与えられ、そのMVPポイントの合計が一番多かった選手がMVP」と説明されています。
何しろ彼はMLBファンからはかなり支持されていますからね。
MLBのウェブサイトにある彼のニックネームは、今や「Sho-Time」となっています。
ただ、一般的なアメリカ人の中にはアジア人が活躍するのを快く思っていない連中は一定数いますから、まだわからないんじゃないか、という気がしないでもありません。
それにしても、にほんのプロ野球で活躍した、現在解説をしている人たちの多くは諸手を挙げて大絶賛です。
さすがに、張本勲も文句のつけようがないでしょう。

しかし、どうしてこんなに活躍できちゃうんですかねぇ。
5年間の日本ハム時代、彼は全部で48本の本塁打を打っています。今年は一年で46本ですからね。
MLBでは最初の3年間で47本の本塁打
来年は一体どうなるっていうんでしょうねぇ。
果たしてMichael Troutは無事に戻ってくるのでしょうか。
彼が戻ってくるか来ないかはむちゃくちゃ影響大きいでしょう。
シーズン終盤のフォア・ボール責めに泣きましたが、Troutが帰ってきたらそうはいきません。

f:id:nsw2072:20211005024627j:plain

一回だけ、2019年6月にAngels 対 Athleticsの試合を見ました。
大谷翔平の前を打つTroutがなんと13球もファウルして、四球で出塁。
次の大谷が2ラン・ホームランを打って、ものすごく盛り上がりました。
しかし、この試合でも、四打席目は押し出し気味の四球で負けてしまいました。

また、金に糸目をつけない(読売巨人軍みたいな)New York Yankeesが手を伸ばしてきちゃうんですかねぇ。

久しぶりの外食

f:id:nsw2072:20211004230220j:plain

上野の山を降りて、銀座線で日本橋へ出る。
また本屋に入る。

 コロナ騒ぎになってこの方、ほとんど外食をしたことがない。
必ずテイク・アウトしてきて家で食べる。
緊急事態宣言があけてからでも、感染のリスクは明確にあるので、それは避けるつもりでいる。
日本橋の本屋に行った帰りに、とろとろと歩いて帰ってきた途中で、そうだ!ビルを売却するといっていた万世橋の万世に一度入っておきたいと思いついた。

f:id:nsw2072:20211004230357j:plain:w360:left ヨロヨロしながら須田町方面に歩いて到着してみると、かなりバリアの高そうなビルである。
入り口がまずどこなのかはっきりしない。
中央通りに面しているところの自動扉から入ると、なぜかそこにテーブルがいくつかあって、人が二人ほど座っている。
なんだろうと思ったら、奥にカツサンドを売っている店があって、そこで買ったものを食べられるようになっているテーブルのようだ。
川側にローソンの入り口があって、どうやら一階の半分はコンビニになっているようだ。
二階がステーキレストランで、3-4階が「万世」という洋食レストランになっているらしいが、今は3階は閉鎖されているらしい。上がってみると、20くらいはありそうな4人がけのテーブルのうち半分くらいにお客さんがいるけれど、時間が時間だったので(15時頃)空いているんだろう。
ハンバーグを食べた。空腹だったから美味しかった。サラダが欲しかったなぁ。

秋葉原を通って上野広小路のバス停まで歩いたのだけれど、ほとんどのビルの一階はフィギュアとか、ゲームの店になっていて、欲しかった充電型電池を置いていそうなところを見つけられない。
オノ電が昔の場所にそのままあったので上がってみたけれど、お客さんは私を入れて三人だった。
昔、ヤマギワかなんかだったビル、かつての日通のビル(今は住友不動産かなんか)のむかい側に、ビックカメラができていたことを今まで知らなかった。
ようやくここで、買うことができた。

うちに帰ってみると、1万歩を超えていた。

子どものテレビ

日曜日の夜中は、テレビもラジオも早じまいしてしまって、実につまらない夜中になってしまう。
酷いときには、NHK-FMラジオすらだんまりとなってしまう。
TBSラジオは22:30から吉永小百合で、23:00からは宮崎美子と元NHKの石澤典夫の「サンスター文化の泉 ラジオで語る昭和のはなし」という一時間番組がある。
わざとらしい笑いと語りが我慢のならない宮崎美子はさておき、石澤が喋ると、まるっきりNHKになってしまう。
その上今日は子ども番組の話になって出てきたのが、田中星児だったものだから、もろNHK風になってしまって、今がどの時代で、どの局を聴いているのか複雑だった。
スポンサーのサンスターの名前が出てくるとドキッとする。
耳にイヤフォンを突っ込んだまままどろんでいて、突然、「チロリン村とクルミの木」が聞こえて目がくっきりしてしまった。
私にとっての子ども番組の最初というのは、「鐘のなる丘」であり、「ヤンボー、ニンボー、トンボー」だろう。まだテレビはなくて、ラジオだった。
それから「チロリン村とクルミの木」だった。
田中星児は生まれが私と全く同じなのに、声は実に往年のままとは云わないが、非常に若い声だ。どんなルックスになっているんだろう。

普通にこういう曲が拾える時代になっていることを、実に感謝である。


www.youtube.com


www.youtube.com

スカンク・ガスパは最初は八波むと志だった。