帰りの新幹線に乗り、自分の席を捜すと荷物を足下に置き、原稿の校正をしなくてはならないのに、到底睡魔には勝てまいと最初から白旗を掲げ、読もうと思っていた月刊誌を取り出す。挙げ句にiPodのイヤフォンを耳に突っ込む。こりゃ明らかに眠る体制だ。降車駅まで私の隣も、後ろの同行者のお一人の隣も人が来ない。自由席でも座れただろう。
その車輌に入った時から気が付いていたんだけれども、茶の千鳥格子のフリップ付きのDeerstalkerを被り、全く同柄のくるみボタンのジャケットを着た初老の男性がいた。このDeerstalkerというのは「シャーロック・ホームズの帽子」といえばだれもがすぐに思い出すであろう帽子である。車内販売がやってくるとその方の連れがすき焼き弁当なるものを一気に6個買った。思わず耳を疑う。二人で6個である。さすがにその全部をそのお二人で食するわけではない。4個はプラスティック・バッグに入れ、足下へおく。で、やおらそのお二人はこれを良い匂いをさせながらガッガと喰う。いや、お摂りになる。多分この弁当は相当評判なものであって、この方たちのお仲間ではここを通りかかってその弁当を見つけたものは必ず土産に買ってくること、とでもいうような不文律が成り立っているのかも知れない。なんだか、昔の信越線の横川の駅で、みんなが札をふりふり走って買いに行った峠の釜飯を彷彿とさせるのである。
そのあたりで私は健やかに眠りに落ちる。気が付くとDeerstalkerの帽子の御仁は何やら分厚い、一枚の紙が薄そうな、二段組みの書物をオレンジ色のマーカーを持ちながら読んでおられる。なんかの辞書のようにも見える。そういえば百科事典を読む男の本なんてあった。その間、隣の普通のスーツを着た青年と口をきいている雰囲気もない。
いよいよそのお二人が降りる駅がやってきた。Deerstalkerと共布のジャケットを着ておられるような御仁がいかなるコートを着られるのか、私は大いに期待する。これはどうしたってインバネスをお召しいただきたいではないか。しかし、しかしである。なんと、ただの黒の皮コートだったのである。それにしてもあの方はなにゆえにそんなに目立つDeerstalkerを車内でも脱がずにずっと被っておいでであったのだろうか。女性の帽子は脱がなくても可、というのが通り相場だけれども男性の帽子はそうはいわれない。しかも狩りに使うのが目的の帽子である。
ドイツでのサッカーの試合がテレビで中継されていた。なんだか決定打を欠くあたりで眠くてしょうがなくて寝てしまう。あとで聴いたらギリギリの引き分けだったそうだ。FIFAランキングでは格段の相違だそうなのだけれど。野球の日本チームが中国と引き分けるようなもの?そこまでの差はないのか。