ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

雇用機会の存続か、人間か

 10月7日に厚労省の審議会で労働者派遣法の抜本改正についての審議が始まったのだそうだ。労働政策審議会のことだろうか。自民党経団連が「粛々と」進めてきた労働者からの搾取によって企業経営に資するという労働者の奴隷化促進法をこの際根底から改めるチャンスがようやくやってきたんだと嬉しい思いだ。
 しかし、朝日新聞(2009年10月8日20時0分)によると(使用者側からは)「コスト増で国際競争力が失われれば、製造拠点の海外移転に拍車がかかる」「地方の製造業は自前での人集めが難しい。製造派遣が禁止されると人を雇えなくなる」といった意見が相次いだ、という。
 中には東京大学大学院法学政治学研究科・岩村正彦教授のように「そうなって正社員の雇用が増えるとは思えない」という意見もある。
 「嫌なら良いんだ、誰もそんな高い賃金で雇う気はないよ、他の国に行くから良いよ」という切り札を切ろうというわけだ。経団連側がそう脅かすのはよくわかる。なにしろ正常な雇用形態を取ろうとすると儲からないのだから。しかし、研究者にそういわれてしまうのは如何なものか。彼等に期待されている役割は、「だから、どう考えられるのか、必要なポイントは何か」についてのヒントではないのだろうか。これでは経団連側の代弁者にしかならない。尤も自民党公明党が選び出した公益代表という一見公正な立場にいるかのように見える審議会委員というのはこれまでの様子から見ると霞ヶ関(その後ろに永田町がいて、それは財界と献金で結ばれている)の代弁者であるかのごとくなのは致し方がない。
 ミキシィーのあるコミュニティでワーキング・ホリデーとして現地の日系企業で働いた人が現地の最低賃金を下回る賃金で雇われるのはおかしい、団結して訴えようと呼びかけた人がいる。
 そこでの書き込みは一体本当にどんな立場の人が書いているのかわからないけれど、「それを主張して店や会社がそれならいらないよとクビになったら仕事が見つからなくなっちゃうじゃないか」「最低賃金を守ってばかりいたら物価が上がっちゃうだろ」「英語もろくにしゃべれないのに最低賃金を主張するってのか」という者が殆どだ。ワーキング・ホリデーで現地にやってくるのは殆どが20代以下だった。最近は少し制度が変わって30代でもあり得るらしい。狭い日系人社会の中での話なのだけれど、見ているとまるでこの審議会の大縮小版、そのもののような話なのだ。
 雇われなくなっちゃったらどうするんだ、雇われて少しでも金になったらその方が良いじゃないか、それが守られた結果、物価が上がったら困るのはそこで働いているお前ひとりの話じゃないんだぞ、自分の能力をよく考えてから権利を主張しろよ、とまるでどこかで聞いた論理そのものがずらずらと並んでいて、いわゆる「現実主義者」ばっかりで、ちょっとぞっとしないのである。
 竹中某港区有名私大教授一派の皆さんは、国民なんて一義的にはどうでも良いからまず最初に儲かる人たちを増やしなさい、そうしたらその人たちからポタポタしずくが垂れるから、そのしずくが下々が潤すからそれでおこぼれを恭しく戴きなさいという政策なんである。振り回し続けた尻尾を今でも後生大事にしていくことでこの国の国民ひとりひとりのことを考えていることにはやはりならないだろう。国が栄えて大多数の国民が疲弊していくというのは正しい姿とはやはり思えない。アミンが牛耳っていたアフリカの某国と根本的に同一路線にいるということではないのだろうか。
 まさに今の中国はそこに陥っている。一見テレビの画面で切り取ってくるととても華やかに近代化が進んでいて、かつてのあの国では見ることもできなかった反映の中にいるように見えるけれど、その実そんなのはほんの一部であって、社会主義国家なんだと今や大嘘をつき続けて、アミンと何ら変わらないことになりつつある。
 私たちもその路線を踏襲する道を選んで行くのか。