ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

昔のミュージッシャン

 昨日、著名な声優の方とお話をしていたら、彼は16歳の時に六本木のBirdlandで唄ったことがあるという。彼は私より11歳くらい若いはずで、当時私は27歳だとするとそれは1974年ということになる。しかし、彼は早生まれだからひょっとするとそれはもう一年後の可能性がある。どうやらあの店ができたのは1974年末のようだからたぶんそれは1975年のことだったのかもしれない。当時、私の友人が長野の県北のスキー場でロッジをやっていて、そのすぐ傍にこのお店の関係者の人が食べ物屋さんを出していた。そんな縁だったのか、それともサンフランシスコのピアニスト長部正太が帰ってきてそこで演奏したのか、が私が初めてあの店に入った時だから、丁度タイミング的にはあっていたのかもしれない。
 彼がジャズをどうして歌ったのかと聞いたら水島早苗に教わっていたというのである。私はとっさにテリー水島かと思ったのだけれど、それは別人で、かつてハワイアンでトニー相良という名前で唄っていた人だという。彼のいうその数年後に68歳でなくなっているらしい。マーサ三宅の上の世代というべきだろう。私はお会いしたことがない。
 そこからかねて一度検索したいと思っていたジミー時田を検索しているうちに、彼の歌がいくつもYouTubeに上がっていることを発見した。晩年には別れてしまったと聞いているけれど、ジミー時田の奥さんは「日真名氏飛びだす」で三共ドラッグストアの女性を演じていた宮地晴子だった。そして彼女と一緒に演じていたのがなべおさみの女房だった。一度だけお宅に電話をしたことがあるのだけれど、とても明るい声で電話に出られたのはまごう事なき、宮地晴子の声だった。
 ジミー時田の唄は新宿のウィッシュボーンや、銀座のナッシュヴィルで何度か聞いたことがあるけれど、あの声は天性の楽器だった。それにしてもどうしてあんなにいつも酔っぱらっていたんだろう。