これもまた昨日のことなんだけれど、「なぜ日本は<嫌われ国家>なのか」という保阪正康が書いた角川oneテーマ21新書の132頁に、ソ連が戦争末期に日本に対して行ったことを時系列で書いてくれていることを見付けた。
それによると、こうだ。
1945年
- 8月8日 ソ連、日ソ中立条約を破棄して日本に宣戦布告。(ここから日本とソ連は戦争状態に入る。)
- 8月9日 アメリカが長崎に原爆投下。ソ連参戦。
- 8月14日 日本がポツダム宣言受諾。
- 8月15日 終戦の詔書
- 8月28日 ソ連軍、択捉島占領。
- 9月1日 ソ連軍、国後島、色丹島占領。
- 9月2日 降伏文書調印。
- 9月3日 ソ連軍、歯舞群島上陸。
- 9月5日 ソ連軍、歯舞群島占領。
日本では戦争が終わったのは8月15日で、天皇が「堪えがたきを堪え〜」とラジオ放送をした時だと一般には捉えられている傾向にはある。しかし、実際に戦争が終わったのは東京湾に浮かんでいた米国の戦艦ミズーリ−号の甲板で日本を含む11カ国の代表が降伏文書に調印をした時点ということになる。従って戦争末期に日本を裏切って侵略してきたソ連という印象がとても強いけれど、良く見ると、彼等は宣戦を布告しており、択捉、国後、色丹までは戦争行為として占領されている。唯一の例外は歯舞であって、これは書面上も戦争が終わったにも関わらずソ連が侵略した日本領土である。(文字の色づけはこの私がやった。)