ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

ミズーリー号

 東京湾上に浮かぶ米国海軍の「ミズリー号」上で降伏文書への署名が行われたのは1945年9月2日のことで、本来正式な終戦はこの日をもってするというのが正しいものだといわれている。この時カナダの代表エル・コスグレーブ大佐が2通のうちの1通で欄を間違え、下の欄に署名をしてしまったものだから空欄ができてしまった。後から署名した各国代表はそれぞれ一覧下に署名をした。一番下の欄になっていたニュージーランドのレオナルド・イシット少将ははみ出されてしまって、その下にサインをしたものだから、これにはサイナーのタイトルと名前が手書きで記されている。
 連合国側はさっさときちんと署名された方を持ってどんどんレセプションにいってしまい、ガチャガチャになった方が渡された日本側はこれでは困ると追いかけたけれど、とうとうそのままになってしまった。
 だから日本に保管されている降伏文書はなんともみっともないけれど、なんだか微笑ましくって、人間がやってんだよ、こんなもんじゃないの?という雰囲気を醸し出す。私はこれを憲政記念館で4年ほど前に公開された重光葵展で見た。今の日本の外務省高級官僚諸兄だったらどうされるのだろう。いや、それでもアメリカさんが仰るんだったらそのままにするんだろうか。
 で、この時の様子のニュース映画が豪州のSydneyで公開されたのは9月14日のことで当時としては意外と早かったんだなぁと感心した。2週間かかっていない。

追記

 ATLANTAのCafeshaさんからご案内を戴いて、こんなニュース映像を知る。