ほぼ足りてまだ欲 その先

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ラジオ深夜便

 今朝のラジオ深夜便マーサ三宅が話していた。知られていることだけれど、彼女はかつて大橋巨泉と結婚していて、二人の娘をもうけている。二人ともジャズ歌手になっているという。一人目は大橋美加という名前でひと頃ラジオに出ていたから、知っているけれど、二人目というのは知らない。マーサ三宅は1933年に満州で生まれたという。大橋巨泉は1934年生まれだというから、歳上だったわけだ。この生まれ年が本当だとすると彼女は今年喜寿になったわけだ。
 ベスト盤が出たそうでそれの編曲とピアノを担当したのは前田憲男だというが、彼は大橋巨泉と同年齢だ。(永六輔も1933年生まれ。前田武彦だけ1929年生まれ。)マーサ三宅前田憲男も身体を壊しているという。この世代の人たちはみんな戦争で疎開をしたり、引き上げに苦労した世代だけれど、その分戦後の大変革の時代を経て、それまでとは飛躍的に異なる世界で活躍した人たちで、その分、今の若者と比べたらとても恵まれていたという言い方もできるかもしれない。
 マーサ三宅は引き上げてきた時に九州の叔母の嫁ぎ先に身を寄せたけれど、居にくい環境から金沢八景の知人が住む引き上げ住宅に間借りをしたことがきっかけで、その二階に居た日系アメリカ人女性から英語を習ったのが幸いしたのだそうだ。その後新橋のキャバレー(彼女は「グランド・キャバレーと強調していた)で歌い手として(お客の横には行かないの)一晩500円を貰っていた。
 だから彼女は自分の英語が綺麗とよく言われるという。そうはいってもやっぱりこの年齢の人たちが会得した英語だから、やっぱり彼女の歌の英語は端々に日本人の訛りが顔を出す。
 彼女が主催するジャズ・ヴォーカル・スクール(「マーサ三宅ボーカルハウス」)には250人の生徒が居て、卒業生は2-3,000人にもなるとアナウンサーが紹介していたけれど、その中には彼女の弟子が教えるカルチャースクールの連中も入っている。その中の一人が私だった時期もあるんだけれど、するとその「卒業生」の中には私も含まれるのかしらん。
 年に二回だったか、そのスクールの生徒の先着100人が一曲歌わせてもらえる会が開かれている。ピアノトリオが伴奏してくれるのだそうで、ちゃんとリハまである。私は一度も出たことがない。なんせ出演料としてひとり3万円を払わなくてはならないからだ。
 マーサ三宅大橋巨泉を表して曰く、「ホントに押しが強くてねぇ。でも、あの人が私と後のアイ・ジョージのふたりだけが後に残るシンガーだと書いてくれたの」だそうだ。

帰り来ぬ青春~Yesterday When I Was Young Original recording remastered

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