ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

もう伝わっていない

 南米各地の日系人に特別なビザを発行して労働力として日本に呼び寄せた頃、東南アジアの各地でも日本人の血が入っている人たちがそれを立証することによっていわゆる「日系人ビザ」を取得して日本に労働者としてやってきた。その多くは日本人男性が産ませて逃げた子どもたちだった。
 最近、韓国の人たちがフィリピンで生まれた自分の子どもを放り出して逃げているという噂が流れていて、それをヘイトスピーチの材料にしている連中がいる。
 ひょっとすると、かつてエコノミック・アニマルと呼ばれていた時代に、日本人が台湾、韓国、タイ、フィリピン、インドネシアまで行って札びらを切って遊びまくったことを今の40歳前後までの人たちは知らないのかもしれない。
 バブルの頃から、日本では労働力が足りないといっていわゆる「日系人ビザ」を創設した。多くは南米へ移民した日本人の子孫たちがそのビザを使って日本にやってきた。そして愛知県や群馬県自動車産業、家電産業の労働力となった。
 当時、フィリッピンでは日本人の男性とフィリピン人の母親の間に生まれた子どもたちが父親が日本へ帰ってしまって放り出されたまま育った人たちがその「日系人ビザ」を得て、日本へ出稼ぎに来た。中にはエージェントにそのビザの取得を依頼したものの、それが下りなかったと嘘をつかれ断念した人たちもいて、実はそのエージェントが高く、そうでない人たちに売っていたという事件も起きていた。
 こうした事例の紹介や実情は日本人日系人大会で数多く報告されてきていたが、それがマスコミによって報道されることは非常に稀だっただけではなくて、国会で問題視されることも少なかった。つまり、日本人日系人大会はただのガス抜きの場に利用されただけだった。
 ひと頃、日本人の男たちは徒党を組んで韓国へ、キーセンパーティーだぁ〜!といって押し寄せ、バンコックでもワンワンと押し寄せ、フィリッピンでも、台湾でも、大騒ぎをしていた。あれが夢だとでも思っているのか?