ほぼ足りてまだ欲 その先

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信濃毎日新聞の憲法記念日社説

 URLを書き記すだけでは将来的に消えてしまうことがあるので、長いけれど2022年5月3日の信濃毎日新聞の社説をここに引用する。

 報道の統制、言論の弾圧によって異論や批判が封じられれば、権力の暴走は止められなくなる。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はそのことをあらわにしてみせた。香港の自治を中国が強権で押しつぶしたこともまたそうだ。

 ロシアのプーチン政権はかねて体制を批判する言論への規制を強めてきた。「戦争」「侵略」の語を用いることを禁じ、「偽情報」の報道に厳罰を定めたのも、その延長上にある。独立系のメディアは活動を停止し、市民の抗議行動も1万5千人以上が拘束されて、反戦の声は抑え込まれた。

 香港では、強力な治安法である国家安全維持法によって民主派の団体やメディアが根絶やしにされつつある。中国本土で徹底する言論・思想統制ともひとつながりの動きだ。市民活動家らが軒並み逮捕、投獄され、街は静まった。

 報道の自由も、集会や意見表明の自由も奪われたその状況を、対岸の出来事と済ませられない。日本でも、言論の自由が至るところで浸食されている現実がある。憲法が施行されて75年。揺らぐ足元に目を凝らしたい。

■力ずくでの排除

 首相の街頭演説に、やじを飛ばした途端、警察官に取り囲まれて力ずくで排除される―。にわかに信じがたいことが実際に起きたのは、2019年の参院選だ。

 当時の安倍晋三首相が札幌で演説した際、「安倍辞めろ」と声を上げた男性は直後に肩や腕をつかまれ、その場から引き離された。「増税反対」と叫んだ女性も無理やり遠ざけられている。

 やじによってもめ事が起きていたわけではなく、制止すべき差し迫った危険があったとは言いがたい。札幌地裁はこの3月、警察官の行為を表現の自由の侵害と断じる判決を言い渡した。

 排除されたのはこの2人だけではない。「年金100年安心プランはどうなった」と書いたプラカードを掲げるのを阻まれた女性もいる。安倍氏が近くを通った際には警察官らがプラカードを隠すように立ちはだかったという。

 自由な言論は民主主義を支える基盤だ。地裁の判決が述べるように、公共的・政治的事項に関する表現の自由は特に尊重されなければならない。街頭で人々が声を上げること、プラカードを掲げることもその一つだ。公権力が理不尽なやり方で排除、妨害するのは弾圧にほかならない。

 新たな米軍基地の建設が進む沖縄でも、抗議活動に加わる人たちの強制排除は繰り返されてきた。民意を顧みず工事を強行する政府に、住民が抗議の意思を示すことは何ら不当ではない。力ずくで抑え込む政権の姿勢こそが厳しく問われなければならない。

■統制の強力な手段

 12年末に安倍氏が政権に就いて以降、言論・報道への圧迫は目に見えて強まった。安倍氏自身が特定の新聞を名指しで非難する発言を重ね、官房長官の会見では記者の質問が露骨に妨害された。

 総務相は、放送番組が政治的な公平を欠く場合、電波の停止を命じる可能性にまで言及した。公平かどうかを政府が判断するのは、放送の独立を侵す介入だ。生殺与奪の権限を振りかざして脅すような姿勢は、放送による表現の自由を根底から揺るがす。

 統制の強力な手段になり得る立法も相次いだ。特定秘密保護法は政府が持つ広範な情報を秘匿し、漏えいや取得に厳罰を科す。言論や思想の取り締まりにつながる共謀罪法の危うさは、かつての治安維持法に重なり合う。

 教育や学問への浸食も著しい。中学、高校の社会科の教科書は、政府の見解を記述することが検定基準に明記され、検閲に等しいやり方で「国定化」が進む。学習指導要領が絶対的な拘束力を持つかのように現場を縛り、自由闊達(かったつ)な議論の足場を崩してもいる。

■自分の声を発する

 安倍政権を引き継いだ菅義偉首相は、日本学術会議の会員の任命を拒否した。政府からの独立と自律が法に明記された学術機関へのあからさまな介入である。

 戦時下、学問への圧迫が言論・思想の苛烈(かれつ)な弾圧に結びついた歴史を思い起こしたい。憲法が独立した条文で学問の自由を保障した意味はそこにある。

 首相が岸田文雄氏に代わっても撤回はされていない。拒否した理由も明確でないままだ。過ぎたことと、ゆるがせにできない。

 憲法に緊急事態条項を置く改憲論が、ウクライナの危機にも乗じて勢いづいている。例外状況の下で政府に緊急権限の発動を認める規定は、言論の自由を封じて全体主義に道を開いてきた。参院選後をにらんだ改憲の動きを厳しく見ていかなくてはならない。

 かつて日本は、報道・言論の統制を徹底し、戦時体制に人々を総動員して破滅へ突き進んだ。物言えぬ社会を再来させないために、自由をどう守り抜くか。それぞれが働き暮らす場で、自分の声を発したい。黙り込むうちに、強まる圧迫を押し返しきれなくなる。