ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

ラジオ80周年

 NHKラジオ深夜便が今日(20日-21日)は60年代の深夜放送がテーマ。なんとゲストが愛川欽也、齋藤安弘(あんこう)、落合恵子の三人。対するNHKは明石さん、宇田川さん。しかもNHK総合テレビで同時中継。これだけの民放のパーソナリティーを集めて生放送。NHKは怖いだろうなぁ。ラジオはジャーナリストだと言い出すし、野党でいなくちゃダメだと云うし、自己規制なんてしてちゃだめ、と云っちゃうし。スポンサーの名前も出ちゃうし。
 明日(21日-22日)は南こうせつ、谷村 新司、坂崎幸之助で、古屋 和雄司会だって。
 深夜放送のパーソナリティーとして話題に取りあげられていたのは、土居まさる糸居五郎、なんて人が懐かしかったなぁ。でも糸居五郎があんな雰囲気の人だったとは、私は今まで見た事がなかったのだ。えぇ〜!?もっともっとおじさんでもう乗り遅れの人なんだとばっかりおもっていた。何とも不器用な語りだったものなぁ。良く聞いたんだけれどもね。だってやっぱり土居まさるのあの語りを聴くと、ずいぶん雰囲気が違うものなぁ。そうそう、あんこうさんが言うには、「糸居さんは、森繁さんと一緒で満州NHKにおられた方」だそうである。それを聴いて、なぁるほどと膝を打った。ところで、当時のパーソナリティーの中にジャズ・ピアニストの乾(いぬい)のぶお(漢字を忘れた)という人がいたんだなぁ。本当だったのかどうか知らないけれど、スタジオでピアノを弾きながら喋るんだ。しかし、その話が「今日ね、ここに来る途中でとっても良いカップルを見てしまったの・・」って殆どお姉おじさんだった。彼の名前が最近どこでも出てこないのが寂しい。ジャズの世界では名を知られた方のようである。みなさん、もうお亡くなりになってしまいましたが、TBSの林義雄さんも忘れないであげて下さいましな。
 午後の番組では小沢昭一、中村メイ子、雪村いずみがゲスト。冗談音楽、話のいずみ、二十の扉と話が続く。「二十の扉」は文壇特集だと言って里見?*1だ、武者小路実篤だ、と錚々たるメンバーの番組であった。「とんち教室」もただただ懐かしく、春風亭柳橋のあのダミ声が懐かしい。後日聞いた話では柳橋は大変に威張っていた師匠だったそうだけれども、当時の私はそんな事を知るよしもなかった。聞き取りにくい声だなぁという記憶がある。あの頃のおやじというのは着物を着て、ポマードの匂いがして、たばこ臭かった。ま、むろん自分のおやじがそのまま投影されているわけだが。他の人は良く分かるのだけれど、唯一「長崎バッテン」さんだけはいったい誰の事なのか、私にはさっぱりわからない。出演している小沢昭一ではないけれど、こうした番組の一つ一つを聴く度に当時の事がとても懐かしく思い出されて、思わず目頭が熱くなる。一方、中村メイ子はどこにでも出てくるわけだけれど「ヤン坊ニン坊トン坊」の話をして欲しいなぁ。となるともうひとりのゲストは雪村いずみではなくて、普通だったら黒柳徹子であってもらいたかったけれど、なんか理由があるかもね。
 それにしてもあの頃のアナウンサーのしゃべり方が本当に慎ましくて、思わず当時「よそ行き」という言葉があった事を思い出した。洋服にも、言葉にも、お行儀にも「よそ行き」があったものである。よその家やフォーマルな場所に出るとお里が知れてしまったものであった。生まれて初めて一家でレストランで食事をした時に、後ろにボーイさんが立っているのが落ち着かなくて、思わず父親に潜めた声で、見張られていて落ち着かないといった事を思い出す。あれは一種の教育だったのだろうか。多分フォーマルな場所に連れて行ってもらえた最初の時の事だと思う。そうして、大人の社会を「味噌っかす」ながら垣間見せて頂いていたんだろう。
 NHKといえばFMの「萩原健太」の番組も今日で最終回だそうである。こうして考えるといくら一括収録番組とはいえ、小沢昭一の「昭一的こころ」の33年目というのは何とも凄い。

*1:この漢字はワープロでは表されないのか!恥を知るべきであろう