今日の締めくくりは群馬県立つつじが岡公園である。昨日の妙義の「さくらの里」も群馬県立の公園だった。ここの公園も入場料を取るのだけれど、中をあちこちいっているうちに気がつくと、園内には周りからいくらでも入るところがあってなにも正面攻撃しなくても入ることが出来ちゃいそうなのがおかしい。根津神社の小綺麗にまとめてあるつつじはそれなりだけれども、ここの歴史のある大振りのつつじがのびのびと群生しているさまは箱根の山のホテルのそれをも遥かに上回って実に見事そのものである。なにしろここの歴史は「一帯を、室町時代の弘治(こうじ)2年(1556)に、すでにつつじが崎の名で呼んでいた」とこちらサイトに書かれているくらいのもので、恐れ入ってしまう。霧島つつじが真っ盛りの今、樹齢800年ともいわれる「匂当(こうとう)の内侍遺愛(ないしいあい)のツツジ」なるものを見ると自然に無口になろうかというものである。この歴史の前には「宇宙つつじ」(向井千秋が館林市の出身で、スペースシャトルに搭載されたという市の花、ヤマツツジ)や「花博つつじ」(館林市が出品したのが樹齢約450年の桔梗咲き霧島(キリシマツツジ系)古木2株を出品。大きさ、咲かせた技術、優れた景観等の点から他に類が稀であると、最高の「名誉賞」を受賞)も形無しである。すぐ脇に水があるところ、脇の甘い公園であることなんかを見ると何となく水元公園を彷彿とさせるところがあるけれど、これだけの人出が期待できるところは大きく異なる。正門前に連なるお土産屋さんを見るとこの公園の歴史が理解されようと云うものである。それにしてもこうした店を見ていると昨年いった長瀞や東尋坊、鳥取の砂丘あたりのお土産屋の連なりを見ても日本はのんびりしたサイクルで本当は動いているのだろうなぁと思う。
ところで2-3週間前の永六輔の「土曜ワイド」でツツジという漢字「躑躅」の難解なことが話題になっていたけれど、ここのサイトに解説が載っていた。
「中国で毒性のあるツツジを羊が誤って食べたところ、足ぶみしてもがき、うずくまってしまったと伝えられています。このようになることを躑躅(てきちょく)と言う漢字で表しています。従って、中国ではツツジの名に躑躅を当て、日本へもその中国で使われていた名称躑躅が入って、つつじと読むようになったと考えられています。」
おもしろい話だけれど、この歳にならないとこうした知識に興味を抱かないところが人間の効率の悪いところだ。ようやく知ったというのに、もうあと10年やそこらしか意識がないのだと思うと、なんでこんなことを繰り返しているんだろうか、人間って本当に学習能力がないんだなぁと残念だ。
19時過ぎに帰宅。途中で買った「酒米うどん」なるものを茹で、テレビで見た夏木マリのうどん屋じゃないが、すり胡麻、葱のみじん切り、柿菜、卵の黄身を搦めて食す。吾妻川の大津の新道路が出来たときに大きく造られた浅間酒造センターに初めて入って買った酒造り用に使う山田錦と小麦粉で造ったといううどんだったのだけれども、つるつる感が全くない、ぼそぼそうどんでがっかりした。
そういえば吾妻川沿いの例のダム建設は世間の雑音に全く耳を貸さない旧建設省官僚の大昔に造った宿題に無尽蔵に金を費やしてどんどんなんの疑問も持たずに進行中であることにびっくりした。あっちにもこっちにも新しい道路ががんがん造られ、そのための巨大な橋脚柱があちこちに立ち、それはそれは大いなる土建業界貢献「昔の名前で出ています」プロジェクトが進行中である。これはどんな政権が生まれようと、族議員が旧建設省官僚とともに群がる蜜である。
21時、爆睡す。