ほぼ足りてまだ欲 その先

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懐かしの遊び

 近頃はあっちでもこっちでも懐かしの昭和展示、あるいは昭和レトロの街なんてのがあって、そこには必ず遊びとして、ビー玉、メンコ、ベーゴマ、陣地取り、Sケン、缶蹴り、水雷艦長、自転車三角乗りなんてのが上げられる。とはいえ、遊びの王道、チャンピオンは野球だったのだけれど。で、私はそのどれをとっても二軍だった。ここがトホホなんである。どれもこれも手を染めなかったものはない。なんたって、当時みんながやることをやらなかったら遊ぶチャンスがないのだから、何が何でも仲間にはいるしかないのだ。野球をやらせれば凡打の山。そのくせ負けるのが悔しいものだから一塁でアウトになっても屈辱感にさいなまれる。ベーゴマなんて多分ろくに廻せなかったので、何個も買ったことがない。だから今でも「ちい散歩」なんかで「懐かしいなぁ〜!」なんていって廻しているのを見ても全然懐かしくなんかないのである。メンコもそこそこは勝つけれど、団体戦になった時に絶対的に頼りになる奴は他に何人もいて、私はいつも普通の兵隊だ。Sケンに至っては相手のSの中に入ったことなんて滅多にないものだから、たまたまそれこそ偶然に入ってしまうと、焦って宝を踏み損ねて顰蹙を買う羽目になる。水雷艦長なんて良い想い出がなかったのか、今になってしまうとルールすらろくに想い出せない。
 そんなわけだから、「懐かしの昭和の遊び」も本当に申し訳ないがほとんど「懐かしく」ないのだ。
(追記071008)とはいえ、私の子どもの頃は毎日毎日、それこそ毎日近所の広場(本当は社宅のテニスコートだったらしいから、たかの知れた広さなんだけれど)に何人かの子どもが集まってはあっちからこっちから走り回っていたわけで、それが運動能力の開発に効果があるということになっていたんだろう。地方の小学校に転校してからはその範囲はむちゃくちゃ拡大した。なにしろちょっと外れれば広大な農閑期の畑があったり、すぐに海辺に出られたわけだし、終いには学校が終わってからみんな自転車で集まって5km程離れたお寺まで「ツーリング」したりなのだ。毎朝授業が始まる1時間ほども早く登校してソフトボールに興じていた。そんな環境に子どもがいた時代と、遊ぶ場所すら滅多に見つからない、そして塾だ、ゲームだと室内活動全盛の時代とでは子どもの運動能力に差が出ても無理からぬことだ。時代が子どもから運動能力をはぎ取っているといっても良いのかもしれない。漫然と時代の流れそのままに流されていく世の中は私たち人類の動物として証明なんだ、きっと。こうして人類は地球を太古の昔に戻していく動きに加速の役割を果たしていくんだろうなぁ・・。