ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

どうせ関係ねぇんだな

 JRに乗ろうと駅の階段を上がりかかると前に左側の手すりに掴まりながら上がる高齢の女性が一人おられた。その脇をすり抜けてとっととフォームに上がり、降りる駅で丁度良いところに立って電車がくるのを待つ。乗り込んで座るとその方が脇の手すりに掴まっている。すぐに立って代わりましょうと代わる。ふと気がついたら知らないふりをしている人たちは私よりも若い人ばかりだった。それはしょうがない、その人が足を引きずっているのを見たのは私ひとりだからだ。先日、ある人から「あなたはどんなときに席を譲りますか」「どんな人に譲りますか」なんというアンケートを頼まれたばかりだったからというのもあるだろう。彼らはそんなことを最近考えたこともないのだから。
 帰りの電車では駆け込んだら優先席の端の吊革に掴まることになった。その優先席に座っていたのは中学生と30代の男性が二人。両端の中学生と30代の男は携帯のメールをずっと押し続ける。30代の方は二つも持ってたたき続ける。何をやってんだか近代文明に疎い私には理解できない。私には遠い親戚のお爺さんで心臓 ペースメーカーを埋め込んでいる人がいるので、日頃そんな話を聞かされているから携帯の電源を切る。しかし、彼らはしょうがないのだ、周りにはそんな人は誰ひとりいるわけではないので、日頃そんなことを考えたこともないのだから。尤もそんなことを云っても彼らはきっと反論するんだろう、「えぇ〜、この中にそんな人がいるのぉ・・聞いたことないよ。それにあれは相当近くまで持っていかないと影響ないって聞いたよぉ」と。ここでは人間は身近にそんなことがないと真剣には考えない。ここはそういう文化なんだからしょうがない。こういうことを書くと必ず、「んならおまえが言って聞かせればいいだろう!」という奴がいるんだろうなぁ・・。
 年金のデーターが多少間違ったってそれは人間がやってんだからしょうがない。彼らの身近にこの作業で困る奴はいないんだからそれがどれほどの問題なのか、社会保険庁の職員には一向にぴんと来ない。だって、身内や知り合いのチェックは心情としてしてしまうだろう。しょうがないんだ、彼らには想像力というものがないんだから。この名前の読み方がなんというのかわからなくて適当にふりがなふったら後でどんなことが起きるのかという想像力というものがないんだからしょうがないんだろう。アルバイトがどんな作業ミスを犯す可能性があるかということを想像する力のある奴がいなかったんだからしょうがないんだ。
 つまり、社会保険庁の職員は期待された仕事をしなかった。それでもまだ、ボーナスなんてものを彼らは堂々と貰おうとするんだから凄いなぁ。遡って返して貰いたいなぁ。犯人をきっちり突き詰めて欲しいなぁ。公約だなんて聞いた覚えはなかったことにしてやっても良いから。自民党が怒鳴っていう公約なんてものはこれから誰も聴かなかったことにしてやるから、犯人を突き出して欲しいなぁ。こいつがいい加減な奴でした、って。
 こうやって考えてみると対人的な仕事をしている人、例えば介護の仕事なんかについて利用者の人のためにはこの先何が必要かを想像しながら仕事をしている人たちの多くにボーナスがないのはなんとも納得がいかないんだなぁ。同じ厚労省管轄なんだからあっちからこっちに廻したらどうなんだろう。