ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

地下鉄

 私が地下鉄を日々日常的に使うようになったのはやっぱり昭和51年に東京に住むようになってからのことだろう。昭和46年まで住んでいた横浜の私鉄沿線では国鉄東海道線京浜東北線、あるいは京浜急行線、東横線を利用してきた。もちろん地下鉄は都内で必要な度に使ってきていたのだけれども、ほとんど日常的に使うわけではなかった。なにしろ清水に赴任していたときに大手町の本社まで初めて行くのに東京駅で新幹線を降り、東京駅からどうやって行こうかと周りを見回したら丸の内線「大手町」方面と書いてある案内板を見付けたものだから、そっちに行くと丸の内線に乗って大手町に行かれるんだと、歩いていったらなんということもない大手町そのものに着き、あぁ、大手町と東京駅はこんなに近いと思ったくらいなのだ。
 丸の内線といえば池袋の学校に通っていた当時、時々これをつかって東京駅まで出て、東海道線横須賀線京浜東北線いずれかで横浜まで帰ってきたことがある。学年末の試験の時に雪が降り、地下鉄で行けば大丈夫と丸の内線に乗ったら、乗ってから気がついたのはあの地下鉄は地上に出る部分があって、おかげで茗荷谷のところでやっぱり雪の影響があって試験に遅れた。それでも前の席に座った一年下の下級生の答案を見せろと脅かしてすれすれでその試験を通過した。
 毎日乗るようになったのは昭和51年に東京に住むようになってからだ。最初は都営地下鉄日本橋まで行き、東西線に乗り換えて大手町まで通った。これは実は運賃としては最も安いわけではなかった。都営と営団地下鉄を乗り継ぐと割高になる。それでもアパートから最も近いのが都営の駅だったから他のことなんて考えなかった。
 そこから少し引っ越すと、今度は銀座線で日本橋まで行くようになった。これは同じ営団線だから初乗り運賃でいける。だから会社からは半年に一回、定期代が振り込まれるが定期を買ったことなんてなかった。どうせ初乗りなんだから。会社にとっては負担する通勤費が多分最低だっただろうと思うが、隣の部には歩いて通ってきている女性がいたから彼女には勝てなかったということか。
 会社の帰りにどこか他にまわるときにもどうせ切符を買うんだったら定期なんていらねぇやと大手町から千代田線に乗って日比谷へ出たり、東西線日本橋に出たり、歩いて八重洲に出たりしてほぼ毎晩のように呑んだくれていた。六本木に行くにしても千代田線から日比谷線に乗り換えて行った。車なんかに乗ったらいつ着くかわかりゃしなかった。必ず国会前あたりで渋滞し、あの坂道のところではじわじわ動くだけだった。
 横浜に通っていた時分も銀座線でどこかのJRの駅(新橋、神田、上野)から京浜東北線に乗っていった。新橋で乗り換えるのが一番安かった。人の流れに呑み込まれて抗わないように階段を上がりずるずるとJRに入る。東海道線で横浜方面に向かおうとすると上りの電車が入るとプラットフォームに上がるのは制止されてしまって上がれなくなった。あの時は、あぁ俺は時代と反対の方向に動いているんだなと自分の立場を毎朝再確認させられているような気分だった。それから先、朝のラッシュアワーの流れとは全く反対の方向に行く生活になっていった。それっきりでラッシュアワーというものに組み込まれず暮らすことができるということが当たり前の生活だった。
 中央線沿線に通ったときは銀座線の神田で中央線に乗り換えた。これもまるっきりラッシュアワーの方向とは逆だ。地下道にある売店で毎朝サンドヰッチを買っていたら売店のおばさんにさすがに顔を覚えられた。あの頃はたった数駅乗るだけでも本を開いていた記憶がある。そしてまた地下鉄を使って通う生活から足を洗った。銀座線はいつまで経ってもごみごみしている。ごみごみしている分だけ乗り合わせた乗客の雰囲気がよく分かる。丸の内線は人生を通して巧い具合に選択肢に乗った人たちで溢れていてお召しになっているものもとても優雅に見える。日比谷線はその沿線によってとっても雰囲気が変わる。乗り換え拠点がいくつもあって、その駅がくるたびに雰囲気が変わる。最近とても気がつくのは人形町から銀座の間で乗り降りする人たちの雰囲気がとても変わったということである。多分海際にどんどん次々に建っている大型の大変お洒落といわれるマンションのおかげなんじゃないかと私は思っているが多分これは当たっていることだろう。
 銀座線ができてから80年経ったのだそうだ。
 今頃になって「東京人」2月号を一部始終眺め回していた。「今月の東京本」で赤瀬川源平岩波写真文庫を紹介した「戦後腹ぺこ時代のシャッター音」を紹介している。この本は読めば読むほど面白い本で、赤瀬川源平の文章に引用したい文章が溢れている。そのうちここにも書かなきゃならん。
 ここにも書かなきゃならんといえば、西春彦の「回想日本の外交」もじっくりと紹介したいと思わせる本である。附箋だらけになってしまった。