ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

柳家我太楼

 昨日は町屋の荒川区の施設、ムーブ町屋の3階ホールで柳家我太楼の独演会。年に二回のこの会を支えているのは仏教関係の皆様だそうだ。40歳の友達が声を掛けてくれて、久方ぶりに町屋にいった。三河島から町屋にかけての商店街は意外と元気そうで東京のポケットになっているようなところはほとほと不思議だ。町屋は昔から較べると驚くほどにビルが建ち、人で溢れていた。
 ムーブ町屋の向かいにTSUTAYAがあったので飛び込んで「ジュリーwith The Wild Ones」を買おうとしたら店員さんが検索をして「品切れです」と教えてくれた。当初の読みはこんなに売れるはずはない、というものだったのだろうか。
 300人弱収容のこのホールはほぼ埋まっていて多分少なく見積もっても250人は入っていただろう。ここのホールは当時大流行だった客席が動かせるタイプ。この類の客席の欠点は同じ列に座っている客が座り直すと響くところかなぁ。
 仲入りの時に下の方から、歳の頃なら70代中盤と覚しきおばさまがあがってこられた。どう見ても昔の職場の大先輩である。いやいやそんなはずはない、あの方がこの界隈におられるとは聞いていない。その方は私が30代になるかならないかの頃の役員秘書だった方で、どう見てもそっくりだ。ずーっと見つめてしまった。すると私の後ろにお座りになったので、意を決して「金子さんじゃないですか?」とお伺いした。するときっぱりと「いや、違います」と仰った。そうなんじゃないかという疑問を抱えたままになるのは後味が悪い。しかし、こう見事に否定されるというのも恥ずかしく、後味が悪いものだ。どうしようかと考えたけれど、撥ねた時に後ろを振り返って「先ほどは失礼をいたしました、あまりにも似ておられたものですから」とお詫びした。世の中には三人そっくりな人がいると良くいわれるけれど、こんなにそっくりなのは心底驚きだ。お二人を引き合わせたい。絶対にお互いに驚かれるはずだ。
 前座は我太楼と同様に権太楼の弟子なんだけれど、33歳の「柳家おじさん」という。なんちゅう名前なんだろうと思ったけれど打ち上げで旦那衆に呑まされても頑張って付き合っていて健気。前座噺の「平林」。間には山形弁ネタのロケット団津軽弁津軽三味線太田家元九郎を挟んで、我太楼は強情灸とお見立ての二席。彼の表情を見ているうちに想い出したのは昔いた音楽ものトリオ芸人なんだけれど、それを説明しようにもその名前を想い出さない。顔だけは出ているというのに。
 友達と二人でそのまま呑みに行く。その帰路、どうもうちまで歩きにくいなぁと思っていたのだけれど、家に着いてみてその原因が分かった。要するに呑み過ぎだったのだ。時間を忘れて呑んでいた。