ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

石井紘基

 彼が殺されたのは2002年10月でもう8年も前のことだ。私は当時、なにも疑問に感じなかったのだろうか。殆ど記憶にない。彼が5年間もソ連に留学していたことも知らなかった。ただそれだけで彼が共産主義の人間だったと決めつけて終わるのはあまりにも単純であまりにも単細胞。この国がフェアネスのもとに成り立っているんだという虚像を学校にいる間は信じていたんだし、社会人になってからもそれほど疑わないできていた粗忽さに今になって改めに気がついてちょっと情けがない。
 石井紘基に関して創られたドキュメント番組「暗殺された石井紘基衆議院議員」(こちら)を改めてYouTubeで見てきて、この国を牛耳っている裏政治権力と霞ヶ関のつながりはもはや疑う余地もないし、表面的な国会のやりとりで、納得まではしないまでも、こりゃしょうがないと思ってきたことが大きな間違いであって、社会保険庁も含めて霞ヶ関のとてつもない、てめえ勝手な金儲けシステムをぶち壊して私たちの元に取り戻さなくてはならない。
 積み立て方式だった高齢年金システムをいつの間にか「財政投融資」なんて言葉でごまかして使いたい放題に使ってしまい、挙げ句の果てにそれをもみ消すことで結託してきた自民党霞ヶ関を見逃すべく、世代間格差という言葉で民衆を対立させる、そんなマスコミや霞ヶ関にこれ以上騙されちゃいけないんだよ。
 それにしてもこのドキュメント番組をどうしてフジテレビが作れたんだろう。「あの」フジテレビが、であることに驚愕の念を禁じ得ない。
 さて、そこで石井紘基がその2002年4月以降、国会でどんな発言をしたのか、国会議事録で検索してみた。彼の国会に於ける発言の最後は2002年10月18日衆議院災害対策特別委員会の委員長に就任して最初の会議での冒頭挨拶である。この一週間後に彼は暗殺されている。
 忘れていたことがたくさんあって、自分でもびっくりした。じっくり読んでいこうとしている。