ほぼ足りてまだ欲 その先

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天皇

 保阪正康が、自ら天皇と称した人びとを書いた「天皇が十九人いた」は1987年4月の文藝春秋ノンフィクションに掲載されていたことを昨日早稲田の古本屋で入手したその雑誌で見た。どうもどこかで見たタイトルだと思ったら、既に彼のこのタイトルになる文庫本を随分前に入手していた。
 その十九人の天皇の中でも、最も文章を割いているのは「熊沢天皇」なのだけれど、私はこれまで「クマザワ天皇」を自称していたのは一人だと思っていたのだけれど、最初に熊沢寛道がおり、いやいやこっちが本家なんだと主張したという熊沢乃武夫がいて、その弟の信彦がいて、これが昭和47年に他界した赤坂武から10億円に近い金を得たものの、脱税容疑で逮捕された『あの』熊沢天皇である。このほかにも本家を主張した熊沢照元というのもいて、こんなにたくさんの「クマザワ」天皇がいたのだとは知らなかった。
 そういえばこの話を聞いた38年前、南北朝の時代のことだからひょっとしたらとんでもないどんでん返しが隠れていないとは限らないし、今の天皇家が本当に直系なのかはどうやったら証明できるんだろうかと考えたものだ。三種の神器といってもそれが一体いつ頃のものなのか、誰か科学的に鑑定したというのだろうか。
 この話ももうどんどんかすれてきているのだろうと思う。今の若者が興味を持つとは思えないものねぇ。