ほぼ足りてまだ欲 その先

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自由

 安倍晋三石原慎太郎が考えている国民の自由というものは、ほぼ自由ではなくて、国家が国民を束縛して行くという考えであることは間違いがない。彼らは国家というものはそこに暮らす国民の自由にしたら何が起きるかわからないと思っている。
 「戦後の自由という考えは無責任の上に成り立っている、自由は責任が伴うものである」といういい方が説得力を持った論理として流布されている傾向は大きい。
 この辺の考え方は、電車の中で平気で化粧したり何かを喰ったりするという行為に対しても発せられる。これはもう論外で、自由という言葉を使うのに適した場面ではない。これは人の迷惑を顧みない馬鹿で、話にならない。
 自民党憲法改正案の国民の自由に関する文章には「公益及び公の秩序に反しない限り」という条件がついている。これはどんなところでも適用することができてしまう国家権力にとっての錦の御旗で、戦前の治安維持法そのものであることは明白。かれらはとにかく有無をいわせずに国民を国家権力の思うままにしたいので、その国家権力に自分たちがつくことが前提で語っている。もし、彼らが野党として活動する立場であったら、彼らはどうするだろうか。
 そのためには彼らが権力を掴むことができる様に最大限の努力をするはずだ。選挙の方法も変えようとするだろう。
 憲法というものが国家が国民を律するものではなくて、国家を律するものであるという観点に立った考えを持ち得ていないところがあまりにも稚拙であり、「民主政治」というものを理解できていない。戦後から全く彼らの民主頭は成長していない。