この私だって多分今の時代に20代とか30代の年齢だったら精神的に疲れちゃって「ちょっとタンマ(この言葉使わなくなったなぁ)」とでもいって、仕事から離れたいと思ったりするのかも知れない。どうもいろいろな人たちの話を聞いていると、昔に比べたらよっぽどいにくい状況なのかも知れないと思いだした。
それはひょっとするとかつては誰も気がつかなかったことに気がつくようになったということもあるかも知れないし、昔に比べたら遙かに様々なことが起きる要因が多くなっているということでもあるだろう。それだけ昔はみんなのんびりしていても良かったし、全体が無神経であったから誰も振り向かなかったし、立ち止まっていても良くわからなかったのかも知れない。
しかし、それに気がつくというのもなかなか大したもので、昔の人はそれに気がつくということもあまりなかったように思うし、何でもかんでも「根性がなってない」みたいな解決を強いていたのではないだろうか。それが多分に体罰にも表れてきていたのではないかという気がしないでもない。その証拠に、石原慎太郎のように徴兵制を奨励している連中は体罰についても批判的ではなくて、かつての「悩みなんてものは身体を動かせば吹っ飛んでしまう」的な発想そのままでいる。戸塚宏にしたって、彼があれだけの事件を起こしながら未だに同じようなことをしていて平気なのを見ると、彼らは社会の動きについていけていないんだなぁと感じる。
今のアベシンゾーがいっている憲法改正論議もその延長線上にあるような気がする。彼らは無神経な社会に戻ることを何故願うのか、それが分からない。もっと分からないのは、そんなアベシンゾーを支持する層が増えているということだ。もしくはNHKの世論調査が大嘘をついているということになる。