ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

危険

 前回のアベシンゾーはイージーだった。行方不明になっちゃった年金をどうするのかを迫られておろおろうろたえて「最後の一人になるまで!」なんていっちゃって、ボロボロになった原簿からどうやって最後の一人を拾い出すっていうんだと思っているうちに腹がダメだと云って「最高権力者」の地位を降りてしまった。もう政治家生命も終わりだと思っていたのに、みんなの目が向いていないうちにいろいろ大企業の人たち、つまり経団連の爺どもと話がうまくいったのか、すっかりその間に「大企業に仕えていれば自分の立場は最強だ!」と云うことに気がついたらしい。
 今奴がやっていることはことごとく、その筋に奉仕するためのことばかりだ。
 こんな状態、つまり福島第一原子力発電所がもはや絶望的という状況にいて「すべてコントロール」しているからとして土建屋さんのためのオリンピックを招致し、軍需重厚産業界のために武器輸出大歓迎、御三家のために原発推進!と、この国のエネルギーの基本は原発。他国にも原発を造らせ、そのためにはODAと称する税金を突っ込む。酪農を含む農業がどうなっても車の輸出が加速されればそれで良い。
 このまま推移すると、人口問題研究所がいっている2035年には40%が65歳以上の人たちになるそうだけれど、問題はそんな先まで待たなくても大丈夫だ。そんな先までこの国がまともにあるとは思えない。ボロボロ状態になっているから、もう誰も問題を問題だと捉えることもないだろう。ビルの壁がボロボロと剥がれ落ちた、なんてことを新聞が記事にすることすらなくなるだろう。そんなことを拾っていたらきりがない。古びたビルを上がっていくと、異臭がするなんてのは日常茶飯事で、どこかで独居老人がひからびて見つかったといっても誰も驚かなくなる。
 この国を建設重機で引っかき回した挙げ句に、もうこれ以上絞り取りようとしても絞れない状態になった大企業が見捨てていくということになるだろう。利潤追求集団の使命は国を救うということではないからだ。彼らの組織を永続させることにあるからだ。だから、その点では高級官僚の思想と概ね合致する。彼らも自らの組織を永続させることにのみ意味を見いだしている。
 この象徴が諫早湾の水門だろう。農水省の役人にとってはかつてお墨付きを得たこの計画を事前に断念するのでは当時の計画が失敗だったということになってしまうから、飽くまでもその計画立案に尽力した企業と共にその完成をめざし、完遂した。しかし、その結果漁民も農民もどん詰まり路地に追い込まれた。農業、水産業を振興するための役所であるはずの農水産省ですら、大企業のための役所として未だに意地を張っている。
 こんなにバカにされて絞り取られても付いていくのだ。えらいなぁ、俺たち。