ほぼ足りてまだ欲 その先

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死が分かつ

 私はそうではなかったけれど、キリスト教の結婚式では牧師が「死が二人を分かつまで」という言葉を口にする。何気なく聴いているし、誰ひとりとしてそこで、おかしいぞ、とか、そうか?とか考えたり、異議を唱えたりしないが、死というものを人が迎えると、その先はもう二度と合流することがないということのように聞こえる。多分そうなんだろう。それまで何年も、何十年も一緒に暮らし、イヤなこともたくさんあり、楽しいこともたくさんあるんだけれど、どちらかが死んでしまうと、もう本当にぱたっと、全く別れ別れになってしまって、金輪際合流することもなく、接点もなく、その先どうなったかわからないまま、というよりも自分の意識も一切なくなってしまって無に帰ってしまうのである。これは随分と無残な話で、その終焉をもっともっと劇的なものにして貰っても良いんじゃないかと異議を唱えたくなる。
 例えばそこに司会者がいて、こんな事もした、あんな事もしたと数々披露してくれて、そんな彼が、とうとう、こうしてこの世を去ることになり、あとは何にも残らないのです、みんな良いねぇ〜!と叫ぶと、みんながお〜ッ!とか何とか。それ位のことをしてくれたって良いじゃないか。どうせもう誰も顧みないし、逆に、あぁ、せいせいしたなぁ〜!と思われる位なんだから。
 でも、同じ屋根の下で寝て、飯を食って、遊びに行っていたつれあいとだって、あっ!と声を上げようが上げまいが、あっという間に全くなんの縁もなくなってしまうってのも随分えげつないではないか。
 しょうがないから、今のうちに遊べるだけ遊んでおかないとなぁ。それでも、しかし、死んじまえば、もう自分は無で、記憶もないし、牧師に誓った通り、死によって二人は分かたれちまうのだよ。随分理不尽なものではあるのだなぁ。