ほぼ足りてまだ欲 その先

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大型客船建造

 三菱重工が大型客船建造から撤退すると発表したことがかなり話題になっている。造船大国だった日本の、それも代表格の三菱重工長崎が失敗したことはかなり意外なこととして受け止められているように見える。少なくとも一般のマスコミの反応はそうしたものに見える。
 しかし、日本の造船企業が欧州のクルーズ企業からの客船建造に手を出したことがそもそも世の中を舐めていたことだったという論調にはない。一番のポイントはなにが肝心なことで、なにが当たり前のことなのか、ということを日本の造船業界はまったく知らなかった。なにしろ日本の造船業が世界一になったと豪語していた70年代になにで世界一になったかといったら、搭載トン数換算で建造量が最も多かった、というだけであって、これは貨物船の世界でしかない。当時の、いや今のでも良いけれど、造船業界のパンフレットに掲載されている船の種類は官庁発注の特殊な船(海上自衛隊向けを含む)以外はほとんど貨物船で、所々で小さな観光船やら、作業船が入っているくらいだ。ちょっと違うので、長距離フェリー船くらいか。
 それなのに、客船に手を出した。というよりは造ってみたかった。日本の客船といったら、戦後は移民船か、離島通いの小さな船、フェリーくらいのものだ。バブルの時にほんのちょっと小さな客船が造られたが、それらはとっくに売られている。
 ふじ丸という大阪三井客船が造ったクルーザーは三菱長崎建造だったが、値段でとったといわれていた。そういう意味では飛鳥や飛鳥-IIは画期的といえるけれど、船主は日本有線系の会社で、同じ三菱グループであり、純粋な意味での第三者からの受注ではない。クリスタル・クルーズは既に2015年に売却された。
 元クリスタル・ハーモニーだった飛鳥-IIだけが郵船クルーズの運航船になっている。
 三菱長崎が建造した最初の外国選手向け大型客船といえばP&Oの系列のダイヤモンド・プリンセス、サファイア・プリンセスの二隻だけれど、建造中の大火事で記憶に新しい。げん担ぎがとかく話題になる船の世界で、「建造中に火事」は甚だ好ましくない。当然引き渡しも遅れ、多分ペナルティーの対象だっただろう。
 それが良くコスタ傘下のアイーダから二隻の客船を受注したものだ。起死回生を狙ったのだろうか。それが致命的な大失敗を招いてしまう。一番船の建造中に二度ならず三度までも火災を起こした。挙げ句に引き渡し威が一年延びるという、客席建造においては決してあってはならない大失敗。なんだかんだと多分ペナルティーやら、賠償が発生して二隻シリーズでの受注金額約1000億円に対して、関連損失は1872億円にのぼったというのである。これで流行らない方が良かったと云うことになる。残りの一隻の引き渡し予定は来年である。
 今年、Holland America LineはKoningsdamをイタリアのフィンカンティエリ造船所から引き渡して就航させた。その処女航海は発表されてからどんどん部屋が埋まり、驚くべきことに高い部屋から埋まった。リピーターの多くの客は自分が乗り慣れているクルージング会社が新造船を出すとなったらいの一番に乗りたくなるらしい。それも自慢のひとつになる。
 クルーズ会社はどうやってリピーターを取り込むかに躍起になっている。どんな短期間のクルーズでも、リピーターのためのカクテルパーティーなんぞを開いたりする。そのための会員として案内を出したりする。
 それがいくらカジュアルクラスといわれるアイーダだとはいえ、それがすっかり面子丸つぶれになってしまった。つまり、日本の造船所で大型の客船を造らせるとろくな事にならないという噂を証明してしまった。
 さっきのHolland Americaはそのラインナップのほとんどがフィンカンティエリに依る建造である。
 なぜ日本では失敗したか。
 造船業というのは簡単にいってしまうと、自動車産業と同じで、アッセンブル業でしかない。ボディーは自社で造るのだから自動車よりはマシか。つまり、「どんがら」だけいくら効率よく造れたって、客船建造には占める要素はたいしたことはない。2000室を超える大型ホテルを建てているんだといえば良いのだろうか。そっちの要素の方がはるかに大きい。つまり、造船業界が籏を振るのではなくて、意匠デザイン、インテリア・コーディネーション、空調設備、電気関連設備、内装工事等を束ねる、いってみれば高級ホテル建設業者がたまたま造船所で組み上げているとでもいうような底辺産業が育っていなかったらとてもとても効率よく一直線で感性に迎えるものではない。
 だからこそといって良いだろうけれど、造船業界にとっては夢のような仕事なのだ。三菱重工はかつてから「この種の仕事は重工にしかできない」と得意満面だった。
 もちろんこれまでの貨物船の中にも、内装の仕事はあり、家具も造ってきた。けれど、それは貨物船の居住区の仕事であり、快適に贅を尽くす造りなんかであるわけがない。
 私が造船所にいたずっと昔はそうした分野を担当しているのは某デパート系の子会社化、九州にあった会社くらいだった。
 今、クルーズ船にもwifi化の波が打ち寄せてきていて(航空会社の世界でもそうだけれど)アイーダからは全室wifi化を要求されていたらしい。
 自動車業界だって、これだけの周辺産業があってこそやっていけるわけで、それのほとんどを海外に頼っていたら自動車産業も成り立たなかっただろう。その証拠に、自動車会社が海外へ出ていくと、周辺産業も出ていく。
 日本の造船業界で今後客船建造契約を手にすることができる企業が生まれるとはとても思えない。客船は欧州。どんがらは中国、ということに色分けされるはずで、日本も韓国も造船業界は、細々と「え、まだやっていたのか」という声が聞こえるような状況になっていくのだろう。