ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

辺見庸

 (へんみ よう、1944年(昭和19年)9月27日 - 、本名:辺見 秀逸)名前は知っていたけれど、どんな人か今まで知らなかったというのもずいぶんな話で、どんな人か知らなかったくらいだから、書いたものを読んだことも当然無い。いつものように朝早く腹が減って仕方がないから、昨日のハンバーグの食べ残しをサンドイッチにして食べながらテレビをつけたら”こころの時代〜宗教・人生〜 アンコール「父を問う-いまと未来を知るために」”というのをやっていて、彼の語り口に魅入られてしまったのだ。番組自体は今年の3月12日に放送されたものの再放送だという。なんで魅入られてしまったのかというと、やっぱり同世代(といっても私は戦後の生まれだが、教育環境としてはそれほどの差はない)だからどうしても彼の目線がとても似かよる。南京陥落の提灯行列の話もさることながら、何かといったら「抜刀隊」という軍歌が流される歴史を語っていて、昭和天皇の閲兵式でも、雨の神宮の学徒出陣式でも、そして現在の自衛隊の観兵式でもこの曲が演奏されて忌まわしき歴史の連続性がそのまま看過されているとの指摘に、確かにその通りだと。旭日旗海上自衛隊による継続的な使用もさることながら、朝晩のラッパだって全く変わっていない。



 彼のこの本をKindleで読んでみよう。独特の書き方で最初はかなり面食らう。何しろ漢字で当たり前だと思う言葉がひらがなで書かれていると、何か特別な意味を含んでいるんじゃないか、私はそれを読み解けないでいるのかと、うろたえる。
 それにしてもいざとなったらkindleのハードが見当たらないのには参った。何しろ薄っぺらいから、本の間に挟まるとなかなか見つからないのだ。やっぱり平積みにしていた本の間に挟まっていた。同じようにして折りたたみの老眼鏡を二つ、三つ見失っている。