ほぼ足りてまだ欲 その先

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記念日

 また今年も8月15日がやってきた。今年は台風上陸の話題でテレビは朝からいっぱいだ。「忍びがたきを忍び・・・」が流れてこない。ま、12月8日の「戦闘状態にいれり!」で万歳!胸がすかっとした!やったね!だったんだから、その反動として「泣く!」のは当然のような気がするけれど、ホッとした人たちもかなりいただろうなぁ。空襲がなくなったことは良かったという感想を残している人は結構いる。そりゃいつ死ぬかわからない状況に置かれるということは相当なストレスだものなぁ。逆の立場に立てば、いつそこへなにをするかわからない連中が現れるかわからない状況に暮らしていた人たちもストレスだったことだろう。
 中国へどんどん兵を進めていって、現地の住民を蹂躙する神経というのはいったいどこから出現するのだろうか。朝鮮半島を我が物とすることを正当化するという精神はなにがそれを育ててきたのだろうか。わが国がやってきたことを隠しおおせることに腐心するよりも、それを自ら解き明かす方がなんぼか将来のためになるのだろうという気がする。
 怖ろしいのは、あんな状況に無理矢理落とし込められた時に、自分がどんな行動をするのだろうかと想像すると、あっという間に取り込まれてしまって、その真ん中辺にいるような気がすることだ。

 だいたい戦闘が止んだ記念日のこの日に語られることの大半は、空襲がなくなって良かった、食べ物がなくて苦労した、住むところを失って困った、兵隊に駆り出された人たちが帰ってこなかった、疎開先で随分嫌な思いをした、というようなこと。あれ?万歳じゃなかったんだっけ?と思ったりして。

f:id:nsw2072:20190816010248j:plain:w240:left 某訳のわからん政党が「5時に夢中」に難癖つけて威力業務妨害をしているというのを聴いた。しかもあの番組のスポンサーをボイコットするぞ、といったそうだ。だから、急遽、スポンサーのひとつである崎陽軒シウマイ弁当を買いにいった。しばらく食べていないから丁度良いと思ったのだけれど、今では860円もする弁当なんだと知った。中身は子どもの頃からほとんど変わらない。醤油差しの瓢箪のヒョウちゃんが何の変哲もないプラスティックになっていたのは残念だった。