ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

床屋

 床屋といっても、私が行っているのは、1,100円の床屋。しかし、その床屋へ行く前に、昼飯をどこかで食べようと思って、わざわざ家で食べずに出た。さて、どこで食べようかと考えるんだけれど、外で食べるのに、私が持っている選択肢というのはそんなに多くないわけ。ここのところしばらく行っていないから、京橋まで出て、三州屋銀座一丁目店かなぁ、それとも、三越前で外に出て、寿々木のカツ丼かなぁと思いながら駅まで来る。ICカード160円ちょっとでいける限界は京橋だからと、三州屋にした。

f:id:nsw2072:20190926184927j:plain:w360:left 午後1時20分くらいだった。入ってすぐのテーブルが開いていたのでそこは座る。丁度おばさんがその辺にいたんで、大きく口を開けて「海鮮丼」と言った。「はぁい」といいながら奥へ行ったおばさんは厨房の前で「刺身いっちょぉぉ」と言った。あれあれと思っていたら、これまで見たことのないお姐さんが「海鮮丼でしょ?そうですよね」と途中から私の方を見ながらいった。私はウンウンと頷いて事なきを得る。ところがお茶、醤油皿、漬け物、箸がきて、さっそく海鮮丼がトンと置かれたんだが、ナメコみそ汁がいっかなこない。しょうがない、「すみませぇぇん」と声を上げ、小さな声だけれど大きく口を開けて、「お・わ・ん」といった。蓋が乗ってやってきた。だから、今日の写真にはお椀が写っていない。あっつあつのなめこ汁は好きなんだけれど、爺さんが口からヌルッとつなげていたら汚いなぁと思われるだろうからと、結構気を遣うのだ。
 アップルに寄ると、外に人の列ができている。そりゃなんの列なんだろうと、お姐さんに聴くと、iPhone-11とアップル・ウォッチを買う人の列だそうだ。まだそんなに人が押し寄せているのか。返す返すも、20日の11の売り出し前に行って、iPhone-7を買っておけば良かった。今のガラケーの番号をそのまま持って他のキャリアーに切り替えて、なおかつスマホに乗り換えるのはなんだか難しいらしくて、どうもドコモの予約番号をとっておかなきゃならない、なんて書き込みもある。こんな面倒なのかと思うと、自分のものだけではなくて、つれあいのガラケー電話をスマホにするのも結構面倒くさい。ドコモに入って聴こうかと思ったら、こちらも長蛇の列だ。要するに増税前の駆け込みなんだろうか。増税なってすんなよ!この不景気なのに。どう見たって、好景気なんかじゃないだろうよ。

Coyote No.68 特集:山は王国 SWISS ALPS FOR BEGINNERS

Coyote No.68 特集:山は王国 SWISS ALPS FOR BEGINNERS

 教文館に入って雑誌の棚を見たら、もう見るのを止めていた「coyote」が「アイガー、マッターホルン」って書いてあるもんだから思わず買ってしまった。帰りの電車の中で、ぱらぱら見たんだけれど、よくよく考えたら「モンブラン」が入ってないじゃん。それだったらもうずいぶんと見たよねぇ。そうそうグリンデルヴァルドのサンスター・ホテルという歯磨きみたいな名前のホテルがあるんだけれど、あのホテルはグリンデルヴァルドでは最古のホテルなんだと書いてある。確かに良い景色のところにあるんだけれど、朝飯はめちゃ込みで、スタッフは横柄で、良い想い出がない。キリスト教と死-最後の審判から無名戦士の墓まで (中公新書)」指 昭博 (著)
 ちょっと前から気になっていた本で、著者が必ずしもキリスト教徒ではないところが気になるのだけれど〔そういう場合概ねネタとしてキリスト教を語る手合いが多くて閉口する)、場所が場所だし、ちらっとまえがきを読んだら、フランダースの犬のネロは最後の審判を下されたわけでもないのに、どうして天国に行くと書けるんだ、というくだりに気を引かれたことでもある。ひょっとするとここは死人に鞭を打ってはいけない日本文化がそうしているんじゃないか、という気がしないでもないけどね。もっとも極楽浄土にいった人がどうしてお盆に帰ってくるんだとも書いていて、こりゃ研究者としても面白い人かも知れないと思ってしまった。さて、どうでしょう。
加藤武 芝居語り (単行本)

加藤武 芝居語り (単行本)

 多分古書となったら格安になるのではないかと思われる、タレント本の類いかも知れないけれど、加藤武についての本は読んだことがない。加藤武といえば、私は好きなタイプの役者だったけれど、もちろん生では見ていない。どこが好きなタイプなのかといったら、「話の特集」には良く名前の出る人だったから、というだけかも知れない。小沢昭一フランキー堺北村和夫大西信行なんてところが繋がってくる。とくれば私の手が動かないわけがない。みんな味が濃くって、しつこそうで声がでかくて、眉間に皺を寄せてなんか云いそうだ。まえがきにあるように、彼は86歳でコトンと死んだ。その歳なんだから、寿命が尽きてもおかしくはないが、非常に唐突に死んだ、という感じがある。そこへいくと永六輔が死んだのは83歳だけれど、ラジオで弱っていく様をさぁどうだと見せながらの衰えだから、あぁ、そうかとうとう逝ったか、という感じがしたもんだが、加藤武は違う。胴間声を響かせながら、アレッと驚かせて逝った。彼の人となりが書かれているんだと思うからすぐ手に取った。多分買うのはこの年代に違いない。
冗談音楽の怪人・三木鶏郎 :ラジオとCMソングの戦後史 (新潮選書)

冗談音楽の怪人・三木鶏郎 :ラジオとCMソングの戦後史 (新潮選書)

 また泉麻人である。またあいつにしてやられたと思うと悔しい気持ちがないわけじゃない。泉麻人なぎら健壱が書いたものは買わないつもりだったのに、正に一時期三木鶏郎が気になってしょうがない時期があり、泉麻人よりも9年も年長の私ですら良くわかっていない三木鶏郎をこれ見よがしに書くのが気に入らないっちゃ、気に入らない。奴が生まれたときには私はもう二部授業だったかも知れないが、小学校に通っていたんだ。🎶じんじん仁丹、じんたかったったたぁ〜も三木鶏郎だったのか!もうそれだけで買ってしまった。スマホを買う金がますます消えていく。床屋でいつものように「6mmで刈って下さい」と云ったら上はどうします?丸刈りで良いんですか?と聞くので面倒だから「ハイ」と答えてしまった。結果、単なるお坊さんみたいになった。失敗だった。
 帰りのバスに乗った50代の夫婦とおぼしき二人連れが最初っから最後までスマホでゲームをそれぞれやっているのを見ていたら、スマホなんて高いおもちゃだなぁと再認識した。