ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

違和感

 多分多くのセクションから反感を買う結果となるだろうけれど、私がどうしても正視できずに、それでいて目が離せなくなってしまうものがいくつかある。
 そのひとつが宝塚歌劇で、ときたまテレビでその舞台中継に遭遇してしまうことがある。舞台をテレビで見るほど愚劣な行為はない。それは宝塚歌劇だけではなくて、歌舞伎も、他の舞台も、オペラですらそうは思う。しかしながら、のっぺりとした化粧、誰が誰だか区別がつかないほどの没個性敵佇まいと、思わず吹き出してしまいそうな大時代的台詞回し。これが本当に今現在お客を集めているパフォーマンスなのかと、頭を振る。馬鹿野郎、何を云っている!そんなことをいったら、落語だってそうじゃねぇか。今時着物を着て、座布団の上に座って、「はっつぁん、くまさん!」と呼び交わしながら、半世紀以上前に法律で禁止された売春の現場の話を後生大事に演じているじゃねぇかといわれるだろう。いや、まさにそのとおりなんだよね。反論の余地もない。
 そもそも、あの歌劇学校の、前時代的自虐的校則しばりに身を委ね、それをされたくて浪人しながら受験するあたかも全人生的マゾイスト集団のなれの果てであることがなじめない。ほとんど陸軍幼年学校のノリだ。そこを脱却したというのか、放り出された人たちの発する共通する何かはいったい何だろうか。

f:id:nsw2072:20200727042635j:plain

 もうひとつ私としては同じ心境に建ってしまうのが、なんとか46とか48とかっていう集団。不思議なのは、あそこでone of themとして同じように嬉々として理不尽さに従うことに身を委ね、若者集団を引きずり込む存在として、釣り師、あるいは鵜匠によって訓練を受け、センターだかレフトだかを目標として、媚びるような、誘い込むような、それでいてサディスト的役割をも果たす,そんな集団のキャンキャン声が耳をつんざく。卒業と称するセレモニーが哀れだ。いやらしい男どもがほくそ笑む姿が最も唾棄すべき存在として浮かび上がってくる。しかし、そんなことをいったら、ひと頃のGSだってそうじゃねぇか、男グループだってそうじゃねぇか、そっちはどうなんだよ、という声が聞こえてくるけれど、そっちだってもちろんそうさ。総督が他界したんだから、空中分解したら良いのにねぇ。
 そういう違和感は、ただただ、時代についていけない爺が故なれど、そんな爺が何を云ったって、世の中には、これっぽっちの影響もありゃしない。なにしろ、金儲けシステムの中には入れてないんだから。ふふふ、所詮、端から世の中の勘定には入っておりませぬ。