ほぼ足りてまだ欲 その先

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遠藤周作

私はもうほとんど小説というものを読まないので、遠藤周作の作品もなにひとつ読んだことがない。
昨年、NHKETV特集で「遠藤周作 封印された原稿」という番組が放送され、その再放送が夜中にあった。

遠藤周作といえば映画「沈黙」の原作者である。
彼は12歳の時にカトリックで受洗して、上智予科から慶応大・仏文だそうだ。ま、それも単純な話ではなさそうだ。

その遠藤の未発表の小説が長崎で見つかったという話だ。
遠藤の私小説とでもいうべきもので、遠藤の息子でフジテレビの副会長、遠藤龍之介が「迷ったけれど、作家の作品というものは発表するべきものだと思った」として刊行されたのが「影に対して―母をめぐる物語―」だそうだ。

スハルトの道と砂浜の道という言葉が出てくる。
歩きやすいけれど振り返ってもなにひとつ自分の足跡がない「生活」と、歩きにくいけれど振り返ったら自分の足跡が残っている「人生」との対比だという。
「砂浜の道」という言葉にはなんだか対比として正対しない気がしないでもない。
どうやら彼の父親との関係、母親との関係は様々に複雑なものをちりばめ残しているそうである。
作家というものは画家と同じように、極々のめり込んで、こうすればこうなるとのっぴきならないまでに考えたり感じたりして作り出すようで、どこまで推敲しても終わりはなさそうだ。とてもしつこい性格でないと、画家も作家もなり立たないんだろうと思うと、あぁ、やっぱり根性のない私なんかにゃとてもじゃないな、と明らかだ。