長部日出雄と奈良岡朋子が出てきて「津軽 わが心の太宰治」というテーマで話す。なにしろ今年は太宰生誕100周年である。なんだか長部の話を聞いていると天井桟敷の寺山修司みたいな口調だなぁと思っていたら寺山も長部も弘前の出身だ。太宰は今でいう五所川原の出身。私の職場の同僚に三沢の出身者がいたけれど彼の話ッぷりはそうでもないが、彼の母親に出会った時は相当にわかりにくい話ッぷりだった。ということは太宰もこんな感じの話し方だったのだろうか。彼の有名な写真の一つに銀座は今でもある「Lupin」という店の高いスツールに座っている写真だ。あの写真でしか見たことがないからどんな話ッぷりなのかまったく見当がつかなかったけれど、きっとこんな話し方だったのかも知れない。奈良岡朋子は府立第一高女(現・東京都立白鴎高等学校)在学中の1945年に弘前市に疎開し青森県立弘前中央高等学校卒。父親が弘前出身だった。長部の姉さんと高校で同級生で、その姉さんの息子がハウンドドッグの大友康平だという。