ほぼ足りてまだ欲 その先

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寿命

 人間の悩みの多くは自分がいつこの世とおさらばするのか、ということが判っていたら瞬時に解決してしまうような気がする。なにしろ自分がどんな状況になって、つまりどれくらい認知症が進んだ状態なのか、あるいは頭ははっきりしているのだけれど、身体はもうヨボヨボでどこにも行けないのか、または頭もしっかりしているし、身体もしっかりしていて楽しめるとか、が判っちゃいない。
 これからあと何年後まで生きていられるのかということが判っていただけでも大きく異なる。
 私の場合、多少思い出せないことが目立ってきてはいたんだけれど、あと8年7ヶ月に、前夜に若い連中と楽しそうに酒を呑んでいたのに朝になったら起きてこないから、見に行ったら事切れていた、なんてことかも知れない。
 もしそうなんだったら、今から3年以内にこれまで懸案になっていた項目を必死になって調べまくって一本か二本どこにというわけでもないけれど、論文にして投稿する。で、あとは旅に出てその日が来る頃に東京に帰ってくる。
 あと25年生きて、最後は動けなくなってねたきりで、周りを見ると知っている人は誰ひとりいないんだけれど、それは自分が呆けちゃってわからなくなっているからなんだけれど、それすらわからないという状態で、ある日熱を出して特養から病院に担ぎ込まれたまま他界するんだと決まっているのであれば、もう何をやってもしょうがないから、お金を使わないように、家から出ないで、これまで入手した本を少しずつ読みながら、ネットで書き込んでいくだろう。ん?それじゃ今と何が違うっていうんだろう。
 判っていたら、周りも私を見る眼が変わってくるだろう。なぁに、なんだかんだとこの爺がいいたい放題しているけれど、それもあと8年7ヶ月後だと思えば許せることも出てこよう。しかし、この爺がいつまでもこのペースではびこるんだったら、しっかり罵倒しておこうと思う人も出てくる。
 そうであれば、なけなしの年金をどこかの美味しい話に全額突っ込んで、「泣いても泣ききれない」といっている、欲深そうに見える婆さんも、そんなことをしなくてもすむだろうというものだ。
 そのタイミングが判っていれば、あぁ、あの爺さんそろそろらしいから、今のうちに美味しくしておけば、少しくらい残ったものを貰えるかも知れないと親切にしてくれる人が増えるかも知れないから、それもいいかもしれないな。
 全くこんなことを考えている暇があったら、とっとと調べ物をして、早く寝た方が良いか。