ほぼ足りてまだ欲 その先

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蕎麦屋

 浅草の観音裏にある蕎麦屋なんですが、私たちはどこかへ出かける前、あるいはどこかから帰ってきたらすぐにここに来ていつも同じメニューを注文するんです。それは天せいろの上でエビ二本です。ここでは天せいろの上は海老一本でもって残り野菜とか、エビ二本にして残り野菜の選択ができるんです。うちは二人でいくのでエビ二本。
 こればっかり注文するんだから、あぁ、このお客ね、ッと覚えて戴いても良いンですが、ここのお姉さんが、いつ行ってもにこっともしないで、むっとした顔をしてお迎えくださるんです。最初の頃はこの人はずっとそういう人なんだ、と思っていたんですが、そのうち、他のお客さんには、にこっとしていたりするんで、あっ!そういう人でもあるんだ!とびっくりしたんですが、僕らにはまったくそうじゃないんですよ。
 何かあったのかなぁ。イヤなことをいったことがあるのかなぁ。それともこの注文がむかつくようなものなんだろうか。いつも、いつも、それが悩ましくて美味しく食べ終わってからいつもいつも悩むのだ。
 ここは蕎麦そのものも旨いし、天麩羅も旨い。だから、一度は誰かが食べている天丼を食べたいと思うんだけれど、ここまできたら、天せいろの上を食わないわけにはいかない。だから一度も天丼を頼んだことがない。死ぬまでに一度で良いからあの天丼を食べたい。尾張屋の天丼より、こっちの方が旨いに相違ない。