ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

箱根駅伝第一日目

 18年くらい昔の話。中学を卒業する年の息子と二人で、1月2日の午前0時に家を出発して横浜の私の実家まで歩き始めた。約35kmほどの行程である。当時、まだオヤジもおふくろも健在だったから、毎年正月の2日に孫までが集まって新年の会食をする。連れあいと娘があとから車で来て、帰りは車で帰ることになっていた。冬の夜中に歩き出すのだから、結構寒くて辛いものがあるけれど、とにかくやり遂げるということをしたかった。午前4時くらいに大森あたりまで来たのだけれど、どうにも疲れて、終夜営業のファミリー・レストランで一休みした。
 そこから先がやけに長かった。午前9時くらいに鶴見川近くまでやってきて、ようやく横浜市が近いぞと思ったあたりで、駅伝がやってきた。なにしろ2区に襷が渡って直ぐだったから、まぁ、早い、早い!あっという間に通り過ぎていってしまった。俺たちはこんなに苦労してようやくここまで来たっていうのになぁと思った。
 そこからの京浜国道は単調である。面白い景色はひとつもない。あとは勢いでいくしかない。「あぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ」てなもんで青息吐息だった。それでも完歩したという達成感は確かにあった。あれ以降まだまだいろいろなことがあった。そうして考えて見るとわがやも今でこそこんなにまったりしているけれど、いろいろあったんだなぁと、箱根駅伝を見ると考えるのだ。
 結局、東洋大の柏原が早稲田の猪俣を追い込んで27秒の差をつけて逆転。しかし、早稲田の渡辺監督は「この程度の差で終わって、してやったり」と復路6区での逆転に自信のインタビューだった。社会人は何でもトヨタで、大学は何でも早稲田か。

 NHKのニュースから

国学院大学の選手に伴走していた車がハンドル操作を誤って、沿道で応援をしていた、いずれも50代の観客の男性3人と接触しました。3人は足に打撲などの軽いけが

 やや、こりゃまずいことになっている。ところが

「走行中に道路の右側から人が飛び出して来たので、よけようと思い、ハンドルを切ったら左側の沿道の人に接触してしまった」

 と説明しているんだそうだ。これが本当だとすると、これは一気に複雑になってくる。右から出てきた人の動きを主催者は管理する責任があるはずで、この場合車の運転をしていた人の100%の過失とは言い難いだろう。取り敢えずこの3人の50代の治療費は一体全体誰が負担するべきものなんだろうか。右から飛びだしてきた人間か。運転していた人か。沿道にボ〜ッと立っていた人か(いくら何でもそりゃないか)、関東学生陸上競技連盟なんだろうか。