ほぼ足りてまだ欲 その先

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生活保護

 自民党片山さつき世耕弘成が追求して漫才の「次長・課長」の河本の母親が生活保護を受けているのは不正受給だとしている件から事態はいかに生活保護が不正受給に充ち満ちているのかという話に波及している。かつて生活保護受給で問題になっていたのは、厚生労働省生活保護予算を圧縮するために本省局長通達を出し、各地で申請を受けないという状態が顕在化していたことだった。そしてもう一つは暴力団による恐喝的不正受給だった。窓口の職員が彼らによる暴力的行動に負けてしまって「怪我をするより」という選択肢をとっていた傾向についてだった。
 しかし、リーマン・ショック以降、生活困窮者に対する支援が活発化して適用ケースが増えてきたらしいことは、支給日に役所に行ってみるとよくわかる。それにしてもどうしてこんなに若い受給者が増えてきたのだろうかという印象を持つ。
 そして河本の母親が受給していたことについて週刊誌がかき立てることによって何が起きるのかというと、考えられるのは狂信的な生活保護受給の否定的見解ではないだろうか。つまり、本来的にそういうセイフティー・ネットを必要とする人たちに生活保護が行き渡らなくなる恐れである。なにしろ、外国人に対する適用を取り上げてそのうちの多くが朝鮮系の人たちだという指摘によって嫌韓的見解をかき立てている人すらいる。それは外国人登録者の中での朝鮮系の人たちが占める絶対的人数の多さが反映しているという視点を見逃すから起きる。そうした一面的な見方は、こうしたネット環境の中にあるとあっという間に流布する。
 片山さつき世耕弘成は彼らから政権を取り上げた民主党を「討つ」という観点で物事を捉えることしかしていないけれど、本件も含めて多くの状況が自民・公明連立政権からの置き土産であることを考えていない。ここに大きな問題点がある。野田民主党政権民主党が掲げて審判を受けたはずの彼らの基本的スタンスをすべてうち捨ててしまった。つまり、野田民主党も、それまでの自民・公明連立政権も全く同じ穴の狢であり、彼らが本来的に国民主体の政治を作り上げるという視点を見失った烏合の連中でしかないところを見失ってはならないのだ。
 彼らがやらなくてはならないのは、生活保護というシステムをどのようにしたらより現場に即したシステム運営が可能なのかを検証するということのはずなのだ。