ほぼ足りてまだ欲 その先

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アルツハイマー

 昨日は「世界アルツハイマー・デー」だったそうです。
 怖ろしいですねぇ。いつやってくるんだろうかと、恐怖に駆られます。しかし、なってしまったら、自分は多分なにも困らないわけです。なんだかわからないんだから。困るのは周囲の人間達です。だって、なんだかわからなくなっちゃうんだから。
 うちの場合だと、アルツハイマーに限らずに、認知症を発症しそうなタイプといったら、当然私の方だと思います。なにしろ、性格的にショート・テンパーであること、単純に思い込んで落ち込む傾向にあること、なんてところを見ていると、今でもひょっとしたらそういう傾向にあるんじゃないかと疑わしく思いますよ。
 つれあいの両親は比較的早死にで、70代で逝ってしまいました。だから、わけわからなくなるということはありませんでした。その前でしたから。うちの両親はふたりとも80代半ばまで生きましたが、オヤジは私の知らないうちに入院検査をして、その時に検査の失敗で死にました。おふくろが、ある日気がつくと時々わけがわからなくなってきていました。おかしいなと思ったあたりから、あれよあれよとわからない時間が増えていきました。それでも、あれ!なんともないじゃないか!と思うような時間もありました。すぐ上の姉が隣に住んでいたので、なにかといっては音楽を聴かせたり、録画の時代劇を見せたりこまめにやっていましたが、驚くべきことに、時々全くまともになって、「お葬式に来てくれた人に挨拶するわ、録音して!」といって録音を残しました。それを告別式に来て下さった皆さんにお聞かせしました。
 しかし、かなりひどくなってからは、私のこともわからなくなっていましたし、独り言の中に良いお婆さんと、悪いお婆さんが会話をするようになりました。あれは本当に認知症だったのですかねぇ。「そろそろお腹が空いてきたわねぇ、ご飯はまだかしら」「もうなんだかやっているみたいだから、そのうちよ!」とひとりでいっているのを聞きながら、おふくろが好きな鰤大根を焦って煮た記憶があります。
 私がそういう状況になったとき、つれあいは困るだろうなぁと、今から「なるかも知れないぜ」といっているのですが、もうそれはやめよう。その時になったらどうにかするしかないんだから。
 今の政権では、社会的システムがこの状況を支えてくれるようになるとは、とても思えませんね。