今日はあっちもこっちもアップルのSteve Jobbsの訃報で持ちきりだ。大変に世の中に影響を与え、大変に世の中に貢献もした男の死は随分早くやってきた。まだ50代だ。発想が豊かな人間は、ちょっと思いついたことの可能性を否定しないということができる。ここが凄い。凡人の典型である私のような人間は「まさかなぁ、そんなことができるわけがないよなぁ」とすぐに自分で否定する。ここが大きく違う。こんなことができたら面白いかも知れないと思うところが重要なんだと、今頃気がついた。ちょっと遅すぎる。
(しかし、多分そのぶんだけ長生きする可能性がある。ネットの占いサイトでは早死にと出ていたのに、まだ生きているのはちょっと不思議。)
「一年中スキーができたら面白いだろうなぁ」「いつでも面白い波が立ったらいいのになぁ」「誰でも瞬時に波と遊べるようなボードがあったらいいのになぁ」という発想をした人間も面白かったけれど、それをひとつひとつ技術的に解決していって目の前にやって見せたあのエンジニアも凄い発想をしたものだった。しかし、彼もまた早死にだった。
こうしたタイプの人間は、常にアウトプットされる情報が面白いから、次から次に期待されるという運命を担っていくことになる。だから多くの人々に注目されて、その去就が語られる。
ジョブス亡き後のアップルは一体どんなことになるのだろうか。これまでに増して、面白い発想を商品化して独占的に儲けを手にすることができるのだろうか。(かなりつぎ込んだぞ)。スティーブの遺志を続けて行くだなんて残された人間が発想するようではあんまり期待できないかも知れない。スティーブを乗り越えていって欲しいものだ、なかなか難しいのだけれど。
これまで私の人生の後半、かなりの部分はアップルの機械とともにあったといっても過言ではない。
生まれて初めてアップルのコンピューターを触ったのは多分1985年のことではなかったろうか。実際に自分のために動かしたのはそれからまだ4-5年後のことだったのかも知れない。これからはこの種の機械を使っていかないと効率化は図れないと一生懸命に強調して職場に導入した。しかし、反対する既成概念の持ち主である先輩たちにその有用性をわかってもらうのには随分と時間がかかった。そうなるともうその辺の人たちを相手にしていても埒があかないから、どうにかだまして導入してしまうこととなった。
次に移っていった職場ではまだワープロ専用機が幅をきかしていて、PB-150とLC-520を持ち込んだら、余計なものを私用で職場に持ち込むなといわれた記憶がある。まだそういう時代だったのだけれど、それがわずか15-6年前であることを考えると、この間の時代の流れは実に速かったのだということがわかる。
アナログからデジタルへの転換は発想の大きな変換をもたらしたわけで、それについていくことが難しい人たちにとっては否定することによってのみ自らの過去にアイデンティティーを与えることができるということになりかねない。
筆記用具としてのみ考えるという邪道な発想をしてみると、デジタルでものを書く行為は実に没個性的ハードを提供することになるのだけれど、修正や追加行為に至ると実に便利でもある。
ハードコピーとしても自分の個性を表していきたいという向きにはこれまで通りの万年筆やら、筆による表現が有効なんだと強調してしがみついていただいて結構であるというしかない。しかし、多くの場合は有効性には目をつぶり、その欠点にのみ注目してこれを否定することになる。「瞬時にして失う危険性がある」「画面上では読みにくい」「文字を忘れてしまう」等々。
尤もこのデジタル化された発想を「書くこと」でしか表すことのできない私もすっかり置いてきぼりを食ってしまっている世代であることは間違いがない。
そういえば昨日某所での入場料を払うときに「シニアは9歳以下と同様で安くなる」と私に向かって説明した切符売り場のお兄さんに「そりゃ何歳から適用なんだ?」と聞いて「60歳以上」と聞かされて、なるほどとうとうそのように見えるようになったというわけだなと納得をして寂しくなった。
ま、そういうわけでスティーブ・ジョブスはビル・ゲイツとともに確かにこの地球に革命を起こした人間の一人であることは間違いない。
随分たくさんご奉仕したよと今はなきスティーブ・ジョブスにいっておきたい。