訃報というには遅すぎるけれど、今まで知らなかった。日本近現代史、中でも東京裁判、極東軍事裁判研究者で立教大学名誉教授であった粟屋憲太郎先生が昨年9月に亡くなっていたことを知る。75歳である。老衰という年齢ではない。病気だったのだろうか。最後に…
もうここ何年も、年賀状は元旦に書く。書くというよりは印刷する。ある年はガリ版で、ある年はプリンターだった。しかし、できるだけ印刷でも手書き文字を印刷する。それはもう何年も、イヤ25年ほど続けているといった方が良いか。その前はどうしていたのだ…
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