ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

問題は

 原子力発電所がこの国に既に54基存在していることは事実で、これはもう動かし様もないことで私たちはここに抱えてしまっている。原子力規制委員会という機関が規制のその原子力発電所のひとつひとつについて、それが建っている場所の下にある断層が生きているのか、生きていないのかの判定をしている。マスコミが伝えている様子を聴いていると、どうやらこの判定というものはなかなか難しいらしくて第一線の科学者(なのかどうかすらわからないけれど)でも、意見の一致を見ないらしい。
 これは良く考えてみると、なんで今頃こんな議論がされなければならないのかが不思議だ。こんな事はこの原子力発電所が建設される時にもう既ににされていなくてはならないはずではないのか。いやいや、それよりも、こんなにあちこちぎくしゃく、ぐしゃぐしゃと動くプレートとプレートのぶつかり合うところにこんなにも危ないものを建てても良いじゃないかという判断をしたこと自体に問題があるのではないのか。
 読売新聞の正力松太郎がなんで中曽根康弘とともにこの発電システムをこの国に導入したのか、というのも語られなくてはならない話でもあるし、こうしたシステムの現場では何が起きてもおかしくなかったのかも語り継がれなくてはならないことであるけれど、技術的に全く制御しきれないシステムを動かすことの罪深さは無視して良いものではない。
 今この時点でこの発電システムを「安全であることがわかれば動かす」といっているのは「私はどんなことがあっても、みんなを誤魔化してでもこれを動かして国民を更に危険に晒すつもりだ」といっているということなのだ。
 でも多分この国は楽観主義というよりも、考えないでいる方が「良識ある民」だとする国だから、しょうがない。